AHP(階層分析法)とは | 一対比較によって評価基準を定量化する意思決定手法

AHP(Analytic Hierarchy Process:階層分析法)は、複数の評価基準を持つ意思決定問題を階層構造に分解し、一対比較によって各要素の相対的な重要度を求め、選択肢を総合的に評価する数理的な意思決定手法です。1970年代にトーマス・L・サーティ(Thomas L. Saaty)によって開発され、経営戦略、研究開発テーマの選定、設備投資、政策評価、立地選択など、幅広い分野で利用されてきました。

私たちは何かを選択するとき、複数の条件を同時に考慮しています。例えば賃貸住宅を選ぶ場合、家賃、駅からの距離、広さ、周辺環境、設備などが判断材料になります。しかし、これらの条件は必ずしも同じ重要性を持っているわけではありません。また、ある住宅は駅に近いものの家賃が高く、別の住宅は広いものの交通の便が悪いといったように、それぞれ異なる長所と短所を持っています。

AHPは、このような複雑な判断を、比較的単純な「どちらがどの程度重要か」という一対比較の繰り返しに分解します。そこから各評価基準の重みを算出し、複数の選択肢を総合的に比較します。

AHPの特徴は、人間の主観的な判断を排除するのではなく、主観的な判断を明示的な数値に変換し、その整合性を検証できることにあります。ただし、数理的に計算された評価結果が、そのまま客観的に正しい意思決定を意味するわけではありません。

AHPの基本的な考え方

AHPでは、意思決定問題を通常、目的、評価基準、選択肢という階層に分解します。

例えば、賃貸住宅の選択では、最上位の目的を「自分に最も適した住宅を選ぶこと」とします。その下に「通勤の利便性」「家賃」「居住環境」という評価基準を配置し、さらにその下に候補となる住宅A、B、Cを配置します。

複雑な問題では、評価基準をさらに下位の基準へ分解することもできます。例えば「居住環境」を「広さ」「日照」「騒音」「設備」などに分けることが考えられます。

このような階層化には、単に計算を容易にする以上の意味があります。意思決定に際して何を重視しているのか、どのような要因を見落としているのかを整理できるからです。

AHPでは、同じ階層に属する要素を2つずつ取り出し、上位の目的や評価基準に照らして比較します。例えば、「通勤の利便性は家賃よりもどの程度重要か」「家賃は居住環境よりもどの程度重要か」といった質問に答えます。

この比較結果を数理的に処理することで、各評価基準の相対的な重要度が求められます。

一対比較による重み付け

AHPでは、一般的に1から9までの数値を用いるサーティの基本尺度(Fundamental Scale)が利用されます。

評価値判断の意味
1同じ程度に重要
3やや重要
5強く重要
7非常に強く重要
9極めて重要
2、4、6、8中間的な判断

例えば、AがBよりも強く重要である場合には5を設定し、反対にBからAを比較するときには1/5を設定します。

評価基準が3つの場合、次のような一対比較行列を作成できます。

通勤家賃居住環境
通勤126
家賃1/213
居住環境1/61/31

この例では、通勤は家賃の2倍、居住環境の6倍重要であり、家賃は居住環境の3倍重要であると判断しています。

行列の対角成分はすべて1であり、対称位置の成分は互いに逆数になります。このような行列を相反行列と呼びます。

AHPでは、この行列の最大固有値に対応する固有ベクトルを求め、合計が1になるように正規化します。

Aw = λmax w

ここで、Aは一対比較行列、wは各評価基準の重みを表すベクトル、λmaxは最大固有値です。

上の例では、次の重みが得られます。

  • 通勤の利便性:0.60
  • 家賃:0.30
  • 居住環境:0.10

つまり、今回の意思決定では、通勤の利便性を60%、家賃を30%、居住環境を10%の重要度で評価するということです。

固有ベクトル法以外にも、各行の幾何平均から重みを求める方法があります。幾何平均法は計算が比較的単純で、一対比較に基づく意思決定支援でも広く研究されています。ただし、判断に不整合がある場合には、固有ベクトル法と幾何平均法で異なる重みが得られることがあります。

判断の整合性を検証する

AHPの重要な特徴の一つが、一対比較による判断の整合性を数値で検証できることです。

例えば、AはBの2倍重要であり、BはCの3倍重要であると判断したなら、完全に整合した比較ではAはCの6倍重要になります。

ところが、実際の人間の判断では、AとCを直接比較すると4倍と答えることもあります。このような不整合は、複数の一対比較を行うと自然に発生します。

AHPでは、最大固有値を利用して整合性指標(Consistency Index:CI)を計算します。

CI = (λmax − n) / (n − 1)

ここで、nは比較する要素の数です。完全に整合した行列では、λmax = nとなり、CIは0になります。

さらに、同じ大きさのランダムな一対比較行列から求めた平均的なCIであるランダム整合性指標(Random Index:RI)を用いて、整合性比率(Consistency Ratio:CR)を計算します。

CR = CI / RI

一般的にはCRが0.10以下であれば、実務上許容できる整合性の目安とされます。ただし、この閾値は絶対的な正しさを保証するものではありません。また、要素数が2以下の場合には、通常のCRによる整合性評価は意味を持ちません。

CRが大きい場合には、一対比較の判断を見直すことが推奨されます。しかし、不整合が存在すること自体が必ずしも悪いわけではありません。複数の評価基準の関係が十分に整理されていないことや、判断者自身が迷っていることを示している場合もあります。

重要なのは、整合性を機械的に高めることではなく、不整合が生じた理由を理解することです。

また、判断が完全に整合していても、その判断の前提が適切であるとは限りません。 一貫した誤解に基づいて判断していれば、CRが0でも不適切な評価結果が得られる可能性があります。

具体例:賃貸住宅の選択

先ほどの3つの評価基準を使って、住宅A、B、Cを比較してみましょう。

まず、各評価基準について、3つの住宅を一対比較します。その結果、次のような相対評価値が得られたとします。

評価基準重み住宅A住宅B住宅C
通勤の利便性0.600.600.300.10
家賃0.300.200.500.30
居住環境0.100.400.400.20

各評価基準について、住宅A、B、Cの評価値の合計は1になります。これらは一対比較から得られる局所的な優先度です。

一般的なAHPの加法的な総合評価では、各評価値に評価基準の重みを掛けて合計します。

総合評価 = Σ(評価基準の重み × 選択肢の評価値)

例えば住宅Aは、

0.60 × 0.60 + 0.30 × 0.20 + 0.10 × 0.40 = 0.46

となります。

3つの住宅について計算すると、次の結果が得られます。

住宅総合評価順位
住宅A0.461
住宅B0.372
住宅C0.173

この結果では住宅Aが最も高く評価されます。通勤の利便性を重視しているため、家賃の評価が低くても、総合評価では最も有利になっています。

しかし、ここで重要な問題があります。

仮に住宅Aの家賃が予算の上限を大きく超えていたとしても、単純な加重和では、通勤の利便性によってその欠点が補われ、住宅Aが最高評価になる可能性があります。

これは必ずしも合理的な判断ではありません。

AHPの限界:加重和による評価は妥当なのか

一般的なAHPによる総合評価では、評価基準ごとに求めた重みと選択肢の評価値を加重和によって統合します。

この計算方法には、評価基準間の相互作用を直接表現できないという重要な限界があります。

例えば、賃貸住宅の選択で「駅からの距離」と「通勤頻度」を考えてみます。毎日通勤する人にとっては駅からの距離が非常に重要でも、完全在宅勤務の人にとってはそれほど重要ではないかもしれません。

つまり、駅からの距離の重要性は通勤頻度という別の条件によって変化します。

また、家賃の評価は必ずしも直線的ではありません。家賃が少し上昇しても問題ない範囲がある一方、予算上限を超えた瞬間に、その住宅が選択肢から除外される場合もあります。

こうした現象は、単純な加重和では十分に表現できません。

ここには、少なくとも3つの異なる問題があります。

第一は、非線形な効用です。 例えば、駅から徒歩5分と10分の違いは大きくても、徒歩25分と30分の違いはあまり重要でないかもしれません。評価値と満足度の関係が直線的ではないのです。

第二は、評価基準間の交互作用です。 駅からの距離と通勤頻度のように、ある評価基準の重要性が別の条件によって変化することがあります。

第三は、補償を認めない条件です。 予算上限や安全基準など、他の項目がどれだけ優れていても満たさなければならない条件があります。

AHPは相対的な重要度を数理的に求める有力な方法ですが、標準的な加法的統合だけで、これらすべての問題を表現できるわけではありません。

ただし、AHPそのものが完全に線形な手法という意味ではありません。一対比較から重みを求める過程は単純な線形結合ではなく、問題となるのは主として最終的な評価値の統合方法と、評価モデルに置かれた前提です。

AHPから発展した手法

AHPの限界に対応するため、さまざまな拡張手法や代替的な多基準意思決定モデルが研究されています。

ANP:評価基準間の依存関係を扱う

ANP(Analytic Network Process:ネットワーク分析法)は、AHPの提唱者であるサーティ自身が発展させた手法です。

AHPが階層構造を基本とするのに対して、ANPでは評価要素間の依存関係やフィードバックを持つネットワーク構造を扱います。

例えば、研究開発テーマの評価では、技術的な実現可能性、市場性、開発コスト、競争優位性などが互いに関係しています。技術的な実現可能性が低ければ開発コストが増加する可能性があり、開発コストの増大によって市場での競争力が低下するかもしれません。

ANPは、こうした依存関係を考慮した重み付けを行うための方法です。

ただし、ANPを導入すれば、任意の非線形な効用関数や複雑な交互作用を自由に表現できるわけではありません。評価基準間の依存構造を扱うことと、選好や効用の非線形性を扱うことは区別する必要があります。

非線形効用関数

多属性効用理論(Multi-Attribute Utility Theory:MAUT)などでは、評価基準と効用の関係を非線形な関数として表現できます。

例えば、家賃が10万円から11万円に上がる場合と、20万円から21万円に上がる場合では、利用者が感じる負担の変化が異なるかもしれません。

効用関数を用いれば、このような評価の非線形性を表現できます。ただし、基準ごとに非線形な効用関数を設定しても、それらを単純に加算するだけでは基準間の交互作用は表現できません。

Choquet積分による相互作用の評価

Choquet積分は、複数の評価基準の組み合わせによる相乗効果や重複を考慮した集約方法です。

例えば、技術力と製造能力を個別に評価するだけでなく、両者を組み合わせることで大きな競争優位性が生まれるといった関係を表現できます。

ただし、評価基準間の相互作用をモデル化するためには追加のパラメータが必要になり、基準数が増えると設定が複雑になります。

必須条件と感度分析

実務上は、複雑な数理モデルを導入する前に、必須条件と感度分析を組み合わせるだけでも改善できる場合があります。

例えば、住宅の選択では「家賃が予算上限以下」という条件を満たす候補だけを対象にAHPを実行します。また、評価基準の重みを変化させ、どの程度の変更で最上位の住宅が入れ替わるかを確認します。

このような分析により、評価結果が特定の判断にどの程度依存しているかを把握できます。

順位逆転という問題

AHPでは、評価対象となる選択肢を追加または削除したとき、既存の選択肢同士の順位が変化する場合があります。これは順位逆転(Rank Reversal)と呼ばれ、AHPの研究で長く議論されてきた問題です。

例えば、住宅Aと住宅Bを比較してAが優位だったところに、住宅Aと非常によく似た住宅Cを追加すると、AとBの相対的な評価が変わる場合があります。

これは、選択肢の評価値を各基準で合計1になるように正規化すると、候補集合の変化が各候補の相対値に影響するためです。

順位逆転が常に不合理であるとは限りません。新たな選択肢が追加されることで、意思決定の状況自体が変化する場合もあります。しかし、元の選択肢の評価条件が変わっていないのに順位が変動することが望ましくない場面もあります。

AHPでは、この問題に対応するため、Distributive ModeとIdeal Modeという異なる統合方式が用いられます。

重要なのは、順位逆転を単なる計算上の不具合として扱うのではなく、選択肢をどのような基準で比較し、その順位が何を意味するのかを明確にすることです。

研究開発テーマや新規事業テーマの評価

AHPは、研究開発テーマや新規事業テーマの選定にも利用できます。

例えば、研究開発テーマの評価基準として、技術的実現可能性、市場性、新規性、自社技術との適合性、開発期間、必要投資などを設定できます。

一対比較によって評価基準の重要度を求めることで、研究開発部門がどのような価値を重視してテーマを選定しているのかを明らかにできます。

しかし、ここでも評価基準間の依存関係に注意が必要です。

例えば、技術的新規性が高いテーマほど技術的実現可能性が低い場合があります。新規性と実現可能性を独立した基準として加重和で評価すると、挑戦的な研究開発テーマが不利になる可能性があります。

また、短期的な事業収益を重視する研究と、長期的な技術基盤の構築を目指す研究では、適切な評価基準そのものが異なるでしょう。

このような場合、すべての研究開発テーマを同じAHPモデルで順位付けすることが妥当なのか、そもそも検討する必要があります。

AHPの利用価値は、最高得点のテーマを機械的に選ぶことだけではありません。評価基準や重みについて関係者が議論し、研究開発戦略の前提を明確にすることにもあります。

人事評価や入学者選抜への応用

AHPは、人事評価や学校の入学者選抜のように、複数の評価項目から総合的な判断を行う問題にも適用できます。

例えば、専門能力、実績、協調性、問題解決能力、将来性などの評価基準に対して、一対比較によって重要度を設定することが考えられます。

しかし、評価対象が人間の場合、特に慎重な運用が求められます。

評価項目の定義が曖昧であれば、数値による比較を行っても評価者の偏見が残ります。また、特定の評価基準が不当に重視されていれば、整合性の高いモデルであっても公正な結果にはなりません。

人事や入学者選抜で重要なのは、数理モデルを導入すること自体ではなく、評価基準の妥当性、評価の一貫性、公平性、判断根拠を検証することです。

AHPは判断過程を明確にする道具にはなりますが、評価基準の正当性や公平性を自動的に保証するものではありません。

AI時代のAHP

LLMの発展によって、AHPの利用方法にも新しい可能性が生まれています。

従来、AHPを実行するためには、利用者自身が評価基準を考え、選択肢を整理し、多数の一対比較に回答する必要がありました。この準備作業には一定の知識と労力が必要です。

LLMを利用すれば、意思決定問題を自然言語で説明することで、評価基準や選択肢の候補を提案させることができます。

例えば、「自社にとって有望な研究開発テーマを選びたい」と入力すると、LLMが技術的実現可能性、市場性、新規性、既存技術との相乗効果などの評価基準を提案します。さらに、評価基準の重複や不足について検討することもできます。

ただし、LLMが一対比較の重要度を自動的に決定することには注意が必要です。評価基準の重要性は、利用者の目的や経営方針、価値観によって異なります。

LLMが一般的な知識から作成した重みを、そのまま利用者の判断として採用するのは適切ではありません。

望ましい役割分担は、LLMが評価基準や選択肢の発見を支援し、数理エンジンが一対比較から重みと整合性を計算し、最終的な価値判断を利用者が行うことです。

さらに、LLMを利用して、評価結果に対する批判的な検討を行うことも考えられます。

例えば、ある研究開発テーマが最高評価になった場合、LLMが「市場性と収益性の評価が重複していないか」「技術的実現可能性と開発期間の関係を考慮しているか」「重要な必須条件が見落とされていないか」といった論点を提示します。

その結果を踏まえて評価モデルを修正し、再計算することで、判断の妥当性をさらに検討できます。

ThinkNaviにおけるAHP

ThinkNaviでは、AHPを単に選択肢の順位を計算するための手法ではなく、評価基準の設定、重要度の比較、判断の整合性、評価結果の妥当性を検討するための思考支援手法として位置づけています。

ThinkNavi Freeでは、利用者が評価基準や選択肢を手入力し、一対比較によって重みを求め、総合評価と整合性を確認できる機能を提供する計画です。

さらに、意思決定マトリクスと連携して、必須条件、非線形な効用関数、評価基準の重みの変更、感度分析などを扱うことを想定しています。

LLM活用版では、評価基準や選択肢の提案、関連情報の収集、評価の前提条件の検討、結果に対する批判的な分析などを支援する方向が考えられます。

また、研究開発テーマや新規事業テーマの探索を支援するConceptMinerシリーズでは、生成された仮説や事業案をAHPなどの意思決定手法に引き継ぐことも考えられます。

AHPを利用すると、複雑な判断を一対比較という比較的単純な作業に分解し、一定の数理的手順によって評価結果を求められます。しかし、その結果は評価基準、重み、選択肢、統合方法などの前提に依存します。

重要なのは、計算によって最も高い得点を得た選択肢を無条件に採用することではありません。自分がどのような基準で判断しているのかを理解し、その基準や判断方法自体を必要に応じて見直せるようにすることです。

AHPは、人間の主観的な判断と数学的な分析を結び付ける代表的な思考支援手法の一つであり、コンピュータやAIとの組み合わせによって、その利用可能性をさらに広げられると考えられます。


関連する思考技法:

参考文献・資料

  • Thomas L. Saaty, The Analytic Hierarchy Process: Planning, Priority Setting, Resource Allocation, McGraw-Hill, 1980.
  • Thomas L. Saaty, “Axiomatic Foundation of the Analytic Hierarchy Process,” Management Science, 32(7), pp. 841–855, 1986.
  • Thomas L. Saaty, “How to Make a Decision: The Analytic Hierarchy Process,” Interfaces, 24(6), pp. 19–43, 1994.
  • Thomas L. Saaty, “Decision Making — The Analytic Hierarchy and Network Processes (AHP/ANP),” Journal of Systems Science and Systems Engineering, 13(1), pp. 1–35, 2004.
  • Ido Millet and Thomas L. Saaty, “On the Relativity of Relative Measures — Accommodating Both Rank Preservation and Rank Reversals in the AHP,” European Journal of Operational Research, 121(1), pp. 205–212, 2000.
  • INFORMS — How to Make a Decision: The Analytic Hierarchy Process
  • AHP/ANP — Journal of Systems Science and Systems Engineering