二つのものを見て「似ている」と判断するとき、私たちは何を比べているのでしょうか。色、形、大きさ、働き、用途、成り立ちなど、比較できる特徴は数多くあります。どの特徴を重視するかによって、同じ対象でも似ている相手が変わります。この一見当たり前のことに、重要な論理的問題が隠れています。
渡辺慧の問題提起
物理学者・情報科学者の渡辺慧(Satosi Watanabe)は、「醜いアヒルの仔の定理(Ugly Duckling Theorem)」によって、類似性と分類の根本的な問題を示しました。この名称はアンデルセンの童話に由来します。私たちは醜いアヒルの仔が白鳥に似ていると考えますが、その判断には、何を重要な特徴とするかという選択がすでに入っています。
この定理は、区別できる対象について、可能な述語(性質を表す条件)をすべて同等に数えると、任意の二対象が共有する性質の数は等しくなってしまう、というものです。言い換えれば、すべての性質を無差別に扱うだけでは、何が何に似ているかを決められません。
4つの対象で考えてみる
A、B、C、Dという4つの対象があるとします。「AとBを含む集合」「AとCを含む集合」「Bだけを含む集合」など、どの対象を含むかで定義できる集合(述語の外延)は全部で16通りあります。
この16通りをすべて同じ重みで数えると、AとBが共に含まれる集合は4通り、AとBが共に含まれない集合も4通りです。したがって、両者がその述語について同じ判定になる場合は計8通りです。AとCでも、BとDでも、異なる二対象の組合せなら同じ数になります。
もちろん、普段の分類では16通りの集合をすべて等しく評価するわけではありません。動物を分類するときには骨格や遺伝的関係などを重視し、商品の陳列では用途や価格帯を重視することがあります。これらの選択があるからこそ、実際の分類が成立します。
分類には観点が必要である
「この二つは似ている」という主張には、暗黙のうちに「何について似ているのか」という観点が含まれています。例えば、黄色いボールと黄色いヒヨコは色が似ていますが、ヒヨコと成鳥のニワトリは生物学的な分類で近い関係にあります。どちらの組合せが似ているかは、問いの目的によって変わります。
これは「分類はすべて主観的で、どの分類も同じように正しい」という意味ではありません。選んだ特徴の有効性は、研究目的、予測性能、独立した証拠、専門分野の知識などによって検証できます。定理が示すのは、観点を選ばずに分類そのものを導くことはできないという限界です。
データ分析・AIへの示唆
多変量解析では、どの変数を採用し、どう尺度化し、どのように重み付けするかで、類似度やクラスターが変わります。PPMのような2軸のクロスチャートでは、なぜその2軸を選ぶのかが結果を大きく左右します。2軸を使うこと自体が誤りなのではありませんが、ほかの重要な特徴が見落とされていないかを考える必要があります。
機械学習では、この観点の選択が、特徴量の設計、距離尺度、学習目的、訓練データの選択などに現れます。埋め込みベクトルを使って自動的に分類した場合にも、モデルが何らの前提も持たずに唯一の自然な分類を発見したことにはなりません。どのような情報から何の目的で学習したかによって、近さの意味が変わるからです。
したがって分類の結果を理解するには、「どの特徴によって近いと判断されたのか」「その特徴は今回の目的に適切か」「別の観点を採用すると分類は変わるか」と問うことが重要です。
理解を妨げる思い込みを外す
この定理の価値は、特殊な数学的結果そのものよりも、類似性が対象に最初から一つだけ備わっていると考える思い込みを揺さぶる点にあります。カテゴリーやクラスターは、世界を理解するための有力な手段です。しかし、それを作るときには必ず、何を同じとみなし、何を違いとみなすかという判断が含まれています。
その判断に自覚的になることは、情報整理、概念形成、クロスチャート、多変量解析、機械学習などを一つの視点から理解する助けになります。