デルファイ法(Delphi Method)は、複数の専門家から個別に意見を収集し、その結果を参加者へフィードバックしながら調査を繰り返すことで、専門的な判断を体系的に整理する方法です。技術予測、研究開発テーマの評価、政策立案、医療、経営戦略、リスク評価など、客観的なデータだけでは判断が難しい問題に利用されています。
企業が新しい技術の研究開発に取り組む場合、技術的な実現可能性、必要な開発期間、将来の市場性、競争環境などについて判断する必要があります。しかし、特に新しい技術では、十分な実績や統計データが存在しないことがあります。
そのような場合には、関連分野の専門家の知識や経験を利用することが考えられます。
ただし、専門家の意見を集めれば、必ずしも適切な判断が得られるわけではありません。会議では、発言力の強い人や権威のある人の意見が重視されたり、参加者が多数意見に同調したりする場合があります。
デルファイ法は、こうした集団討議の問題を抑えるために開発されました。
一般的なデルファイ法では、専門家が匿名性を保ちながら質問に回答します。集計された回答や判断理由が参加者に提示され、それを踏まえて再び回答を行います。
この過程を通じて、各参加者は他の専門家の判断を参考にしながら、自分の見解を再検討できます。
デルファイ法の本質は、単に専門家の意見を平均することではなく、互いの判断根拠を参照しながら、意見を再検討できる仕組みを設けることにあります。
ただし、専門家の意見が一致したからといって、その判断が客観的に正しいことが保証されるわけではありません。デルファイ法は、専門知識に基づく判断を組織的に利用する方法であり、実験や事実調査に代わるものではありません。
デルファイ法の成立と発展
デルファイ法は、1950年代に米国のRAND研究所で発展した専門家意見の収集・集約方法です。
その中心的な研究者として、ノーマン・ダルキー(Norman Dalkey)とオラフ・ヘルマー(Olaf Helmer)が知られています。
1963年、両者は『Management Science』誌に「An Experimental Application of the DELPHI Method to the Use of Experts」を発表し、専門家への反復的な質問と統制されたフィードバックによって、集団判断を形成する方法を説明しました。
当初の問題意識には、通常の会議による集団判断が、参加者の社会的地位、発言力、集団への同調圧力などによって影響されるという問題がありました。
例えば、ある専門家が強い確信を持って発言すると、ほかの参加者が十分に検討しないまま、その意見を受け入れてしまう可能性があります。
一方、参加者が直接顔を合わせず、匿名で意見を提出できれば、立場や権威に左右されにくい判断が期待できます。
さらに、ほかの専門家の意見やその理由を知る機会があれば、自分の判断を修正することもできます。
その後、デルファイ法は技術予測や政策分析へ広く応用されるようになりました。
日本では、科学技術庁による1971年度の科学技術予測調査以降、デルファイ法を用いた大規模な技術予測調査が継続的に実施されてきました。
2025年には、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が第12回科学技術予測調査のデルファイ調査結果を公表しました。この調査では、2055年までの中長期的な科学技術の実現可能性を見据えた836件のトピックについて、重要度、日本の国際優位性、実現時期、実現に向けた課題などを専門家に尋ねています。
2026年3月には、デルファイ調査などの結果を踏まえた第12回科学技術予測調査の総合報告書が公表されました。
このように、デルファイ法は長年にわたって利用されてきた手法であり、現在も科学技術政策や研究開発戦略を検討するための重要な方法の一つです。
デルファイ法の基本原理
古典的なデルファイ法には、一般に次の3つの特徴があります。
匿名性(Anonymity)
参加者は、ほかの専門家の発言者名や組織上の地位に影響されることなく回答します。
匿名性によって、権威への同調や対人関係による圧力を減らすことが期待できます。
ただし、匿名性は必ずしも調査運営者に対して完全に匿名であることを意味しません。一般的には、ほかの参加者に回答者を特定されないことが重要です。
反復と統制されたフィードバック(Iteration and Controlled Feedback)
アンケートを複数回実施し、前回の回答結果を参加者へ提示します。
参加者は、集団全体の意見分布や、異なる判断の理由を確認したうえで、回答を再検討します。
単に同じ質問を繰り返すのではなく、前回の結果から新しい情報を得られることが重要です。
集団回答の統計的な集約(Statistical Group Response)
回答を中央値、四分位範囲、回答割合などによって整理し、集団の判断を示します。
このとき、平均的な意見だけでなく、回答のばらつきや意見の対立も重要な情報になります。
この3つの特徴を組み合わせることで、通常の会議とは異なる方法で集団判断を形成します。
通常のアンケート調査との違い
デルファイ法はアンケートを使用しますが、一般的な意識調査とは目的や手順が異なります。
通常のアンケート調査では、対象集団から回答を収集し、その時点での意見や行動の分布を把握します。
一方、デルファイ法では、特定の問題について専門的な判断を持つ人々を選び、複数回の回答とフィードバックによって、判断を再検討する機会を設けます。
| 比較項目 | 一般的なアンケート調査 | デルファイ法 |
|---|---|---|
| 主な目的 | 意見、認識、行動などの実態把握 | 専門的判断の収集、再検討、集約 |
| 対象者 | 調査目的に応じた母集団や標本 | 課題に関する知識・経験を持つ専門家 |
| 回答回数 | 1回の場合が多い | 通常は複数回 |
| 回答へのフィードバック | 必須ではない | 重要な構成要素 |
| 主な成果 | 回答分布、集団の傾向 | 集約された判断、合意の程度、意見の相違 |
| 統計的な意味 | 標本設計によって母集団推定が可能 | 一般に母集団の代表性を目的としない |
デルファイ法では、参加者の人数だけでなく、どのような専門知識や経験を持つ人が参加しているかが重要です。
多数の回答者が参加していても、同じ専門分野や組織に偏っていれば、重要な視点が欠ける可能性があります。
また、デルファイ法による専門家の回答割合を、一般社会や業界全体の意見の割合として解釈することは適切ではありません。
デルファイ法の基本的な実施手順
デルファイ法の具体的な設計は調査目的によって異なりますが、一般的には次のような過程で実施されます。
- 調査目的を定義する。 技術の実現時期、研究開発テーマの重要度、政策課題、リスクなど、何について判断を求めるのかを明確にします。
- 専門家パネルを構成する。 調査課題に関連する知識や経験を持つ専門家を選び、必要な視点の多様性を確保します。
- 質問項目を作成する。 判断対象となる技術、課題、条件などを明確に記述します。
- 第1ラウンドを実施する。 専門家から独立した回答と、その判断理由を収集します。
- 回答を集計・分析する。 中央値、回答割合、ばらつき、意見の相違などを確認します。
- フィードバックを提示する。 回答結果と主な判断理由を匿名で参加者に示します。
- 次のラウンドを実施する。 参加者が前回の結果を参考にしながら、自分の判断を維持または変更します。
- 終了条件を確認する。 事前に定めたラウンド数、回答の安定性、合意基準などに基づいて調査を終了します。
- 結果を解釈・報告する。 集約された判断だけでなく、残された相違や不確実性を整理します。
古典的なデルファイ法では複数回の調査が行われますが、必ずしも意見が一致するまで無制限に繰り返すものではありません。
実際の調査では、参加者の負担や調査期間などを考慮し、2~3回程度で終了する設計もあります。
終了条件は、調査の実施前に明確にしておくことが望まれます。
具体例:研究開発テーマの重要度評価
ある企業が、次世代の産業用計測技術について、複数の研究開発テーマを検討しているとします。
候補テーマの一つは、「既設設備に導入できる低消費電力エッジAI異常検知技術」です。
このテーマについて、9人の専門家に、研究開発上の重要度を5段階で評価してもらいます。
評価尺度は次のように設定します。
| 得点 | 評価 |
|---|---|
| 1 | 重要度が非常に低い |
| 2 | 重要度が低い |
| 3 | 中程度 |
| 4 | 重要度が高い |
| 5 | 重要度が非常に高い |
第1ラウンドの回答が次のようになったとします。
2, 2, 2, 3, 3, 3, 4, 4, 5
この場合、中央値は3です。
また、参加者の中には、このテーマを重要度が低いと評価する人と、非常に重要だと評価する人が存在します。
調査運営者は、この回答分布と、専門家が述べた主な理由を整理して参加者へ提示します。
例えば、高く評価した専門家は「既存設備へ後付けできるため適用市場が広い」と考えているかもしれません。
一方、低く評価した専門家は「設備ごとの条件が異なり、十分な汎用性を実現することが難しい」と考えているかもしれません。
第2ラウンドでは、これらの理由を踏まえて再び評価します。
回答が次のように変化したとします。
2, 3, 3, 3, 4, 4, 4, 4, 5
この場合、中央値は4になります。
また、四分位範囲も、一般的な計算方法の一つでは2から1へ縮小します。
| 指標 | 第1ラウンド | 第2ラウンド |
|---|---|---|
| 中央値 | 3 | 4 |
| 第1四分位数 | 2 | 3 |
| 第3四分位数 | 4 | 4 |
| 四分位範囲(IQR) | 2 | 1 |
| 4または5と評価した人数 | 3人 | 5人 |
※すべて説明用の仮想データです。四分位数の算出方法によって結果が異なる場合があるため、実際の分析では計算規則を統一します。
この例では、専門家の評価が全体として高くなり、回答のばらつきも小さくなっています。
しかし、9人中5人が重要度4以上と評価しているだけなので、強い合意が成立したとは限りません。
例えば、事前に「75%以上の回答者が4または5を選択すること」を合意基準としていた場合、この結果は基準を満たしません。
重要なのは、中央値が上昇したことだけではありません。
どのような情報や判断理由によって評価が変わったのか、また、なぜ一部の専門家は異なる意見を維持しているのかを確認することです。
合意の程度をどのように測定するか
デルファイ法では、しばしば専門家間の合意(Consensus)が重視されます。
しかし、合意の定義には統一された唯一の基準があるわけではありません。
代表的な評価方法として、次のようなものがあります。
| 指標 | 主な意味 | 注意点 |
|---|---|---|
| 中央値(Median) | 集団の中心的な評価 | 意見のばらつきは分からない |
| 四分位範囲(IQR) | 中央50%の回答の広がり | 少数の強い反対意見を十分に表せない場合がある |
| 一定範囲への回答集中率 | 特定の評価へ集中した回答者の割合 | 合意とみなす割合の設定が必要 |
| ラウンド間の変化 | 評価がどの程度変化したか | 安定していても正しいとは限らない |
| 自由記述の分析 | 判断理由や意見の対立 | 解釈や分類に分析者の判断が入る |
2014年にDiamondらが発表したデルファイ研究の系統的レビューでは、合意の定義や判定基準が研究によって大きく異なることが指摘されています。
例えば、一定割合の参加者が同じ評価を行った場合に合意とみなす方法がありますが、何%を基準とするかは調査目的によって異なります。
そのため、調査結果を見てから都合のよい基準を設定するのではなく、事前に合意の判定方法を決めることが重要です。
また、合意が得られなかった場合も、それ自体が意味のある結果です。
専門家の間で判断が分かれる理由を調べることで、技術的な課題や重要な不確実性を発見できる場合があります。
意見の収束と予測精度は同じではない
デルファイ法について注意すべきなのは、専門家の意見が収束することと、予測の正確さが向上することは同じではないという点です。
例えば、ある技術について、参加した専門家の多くが同じ技術体系や研究上の前提を共有している場合、共通した判断の誤りが存在する可能性があります。
この場合、全員が同じ方向へ予測を修正しても、必ずしも正しい予測へ近づいているとは限りません。
また、意見の収束が、実際の知識の向上によって生じたのか、多数意見に従う心理的な影響によって生じたのかを区別することも難しい場合があります。
デルファイ法では、匿名性によって直接的な同調圧力を減らそうとしますが、集約結果を提示すること自体が参加者の判断に影響を与えます。
したがって、意見の収束を調査の成功とみなすのではなく、判断の根拠が改善されたかどうかを検討することが重要です。
特に技術予測では、予測時期や実現可能性について、専門家の合意とは独立した事実や技術的な制約を確認する必要があります。
専門家パネルの選び方
デルファイ法の結果は、どのような専門家を選ぶかによって大きく変化します。
例えば、ある新技術の実現可能性を評価するときに、その技術を研究している研究者だけを参加者にすると、技術的な可能性については詳しい判断が得られるかもしれません。
しかし、製造、品質保証、規制対応、顧客ニーズ、事業化などの問題について、十分な評価が得られない可能性があります。
研究開発テーマを評価する場合には、目的に応じて次のような専門家が考えられます。
| 専門分野 | 主な評価対象 |
|---|---|
| 基礎研究 | 科学的な成立可能性、未解決の研究課題 |
| 応用研究・開発 | 技術的実現可能性、必要な開発期間 |
| 製造・生産技術 | 量産可能性、製造コスト、工程上の制約 |
| 品質・安全 | 信頼性、安全性、規格への適合 |
| 市場・事業開発 | 顧客ニーズ、用途、市場形成の条件 |
| 政策・規制 | 制度上の制約、標準化、社会的影響 |
ただし、すべての調査で多様な分野の専門家を同じ人数ずつ選ぶ必要はありません。
例えば、純粋に物理的な実現可能性を評価する調査では、関連する科学・工学の専門家の判断が中心になるでしょう。
一方、技術の社会実装や事業化を評価する場合には、より幅広い視点が必要になります。
重要なのは、何を評価したいのかに応じて、必要な専門知識を明確にすることです。
また、参加者の専門性については、肩書や学歴だけでなく、関連する研究・開発・実務経験などを考慮する必要があります。
質問の設計が結果を左右する
デルファイ法では、質問の内容や表現が重要です。
例えば、「AIによる設備管理は2035年までに普及するか」という質問では、何をもって「普及」とするのかが不明確です。
専門家によって、大企業の一部設備で利用されることを普及と考える場合もあれば、製造業の過半数の設備で利用されることを普及と考える場合もあります。
このような質問では、回答の違いが専門的な判断の違いなのか、用語の解釈の違いなのかが分かりません。
そこで、例えば次のように質問を具体化できます。
「国内の従業員300人以上の製造業事業所のうち、30%以上が生産設備の異常検知にエッジAIを日常的に利用する時期を予測してください。」
これは説明用の例ですが、対象地域、対象組織、技術の利用方法、普及の判定基準などを明確にしています。
ただし、技術の将来像がまだ十分に分からない段階では、質問を細かく定義しすぎることによって、重要な新しい可能性を除外してしまう場合もあります。
そのため、調査目的によっては、最初のラウンドで自由記述による課題抽出を行い、その結果から評価項目を形成する方法が考えられます。
デルファイ法では、既知の評価項目について専門家の意見を集約するだけでなく、何を評価するべきかを検討する段階も重要です。
技術予測におけるデルファイ法
デルファイ法の代表的な用途の一つが、技術の実現時期や重要性の予測です。
例えば、将来の技術について、次のような項目を評価します。
| 評価項目 | 主な問い |
|---|---|
| 技術的重要度 | 技術的な進歩にどの程度寄与するか |
| 社会・経済的重要度 | 社会や産業にどのような影響を与えるか |
| 技術的実現時期 | 必要な性能や条件が技術的に実現するのはいつか |
| 社会実装時期 | 実際の製品やサービスとして利用されるのはいつか |
| 国際競争力 | 対象国や企業の競争上の位置づけはどうか |
| 実現上の障害 | どのような技術的・制度的な課題が存在するか |
ここでは、技術的に実現することと、社会や市場で利用されることを区別する必要があります。
例えば、ある新技術が実験室で必要な性能を達成しても、その技術を量産できるとは限りません。
また、製品化が可能になったとしても、市場に普及するにはコスト、品質、規制、顧客の設備投資などの条件が必要になります。
したがって、単に「いつ実現するか」と質問するのではなく、どの段階の実現について尋ねるのかを明確にすることが重要です。
日本の科学技術予測調査
日本における代表的な応用例が、NISTEPの科学技術予測調査です。
この調査は1971年度から約5年ごとに実施されており、中長期的な科学技術の発展を展望し、科学技術政策や研究開発戦略の検討に資することを目的としています。
第12回調査では、2055年までの将来を見据え、健康・医療・生命科学、農林水産・食品・バイオテクノロジー、環境・資源・エネルギー、AI・ICT、マテリアル、都市・交通、宇宙・海洋など、幅広い領域のトピックが対象となりました。
専門家に対しては、重要度や実現時期などについて質問し、第1回の回答結果を踏まえて第2回の回答を求める方式が採用されています。
このような調査では、技術の将来展望だけでなく、専門家が重要と考える課題や、実現上の障害についても情報を得られます。
ただし、調査結果の実現予測時期は、将来の実現を保証するものではありません。
技術的なブレークスルーや社会経済環境の変化によって、実際の展開は専門家の予測と異なる可能性があります。
また、どの技術トピックを調査対象に含めるかによって、調査から得られる将来像も変化します。
したがって、デルファイ法による評価とともに、評価対象となる技術トピックをどのように探索・設定するかも重要な課題です。
研究開発テーマの評価への応用
企業の研究開発マネジメントでは、複数の研究開発テーマについて、重要度、技術的な実現可能性、事業化の見通しなどを評価する必要があります。
デルファイ法を利用すれば、異なる専門家の判断を体系的に収集し、評価の相違を確認できます。
例えば、ある研究開発テーマについて、研究者は技術的な新規性を高く評価していても、製造部門は量産の難しさを問題視するかもしれません。
また、営業部門は既存顧客の需要を重視する一方、事業開発部門は新しい市場への適用可能性を重視する可能性があります。
通常の会議では、これらの異なる視点が十分に検討されないまま、組織上の立場や発言力によって結論が決まる場合があります。
デルファイ法を利用すれば、各専門家が独立して評価し、異なる判断の理由を確認できます。
ただし、デルファイ法で得られた評価を、そのまま研究開発投資の優先順位とすることは適切とは限りません。
研究開発テーマの選択には、技術的な実現可能性だけでなく、必要な投資額、戦略適合性、事業的な価値、ほかの研究テーマとの関係などが含まれます。
デルファイ法は、それらの評価に必要な専門家の判断を収集するための方法です。
最終的なテーマの選択や資源配分には、別途、多基準意思決定分析や研究開発ポートフォリオ分析などを利用できます。
デルファイ法とAHP・MCDAの関係
デルファイ法は、専門家の判断を収集・再検討するための手続きです。
一方、AHP(階層分析法)やMCDA(多基準意思決定分析)は、複数の評価基準に基づいて代替案を比較するための方法です。
このため、両者は組み合わせて利用できます。
例えば、研究開発テーマの評価基準を設定する際に、デルファイ法によって専門家の意見を収集し、どの基準を利用するべきかを検討できます。
その後、AHPによって評価基準の重みを求めたり、MCDAによって候補テーマを比較したりすることができます。
また、AHPによる一対比較を複数の専門家に実施してもらい、その結果をフィードバックしながら再評価する方法も考えられます。
ただし、デルファイ法による合意形成と、AHPによる重みの計算は異なる作業です。
専門家の判断をどのように集約するか、異なる判断をどの程度残すかによって、最終的な評価結果が変化する可能性があります。
すべての専門家の意見を一つの平均値にまとめることが、常に望ましいとは限りません。
合意形成を目的としないポリシー・デルファイ
デルファイ法は専門家間の合意形成と結びつけられることが多いものの、必ずしも合意を得ることだけが目的ではありません。
この点を明確にした発展形が、ポリシー・デルファイ(Policy Delphi)です。
マレー・タロフ(Murray Turoff)は1970年に「The Design of a Policy Delphi」を発表し、政策上の問題について異なる意見や立場を体系的に明らかにする方法を論じました。
政策や戦略の問題では、専門家の意見が異なること自体に意味がある場合があります。
例えば、ある技術の導入について、技術者は性能上の利点を重視する一方、規制担当者は安全性を、事業担当者は費用や市場性を重視するかもしれません。
このような場合、すべての意見を平均して一つの判断にまとめると、重要な対立点が見えなくなる可能性があります。
ポリシー・デルファイでは、異なる立場からの主張、それを支持する根拠、反論、想定される影響などを明らかにすることが重視されます。
研究開発戦略や新規事業の検討でも、必ずしも専門家全員を同じ結論に導く必要はありません。
むしろ、意見が分かれる理由を明らかにすることで、検証すべき技術仮説や事業上の不確実性を発見できる場合があります。
リアルタイム・デルファイ
従来のデルファイ法では、第1ラウンドの結果を集計し、参加者へ提示した後に、第2ラウンドを開始します。
この方式では、参加者の回答を待ち、集計し、フィードバックを準備するために時間が必要です。
この問題に対応する方法として、リアルタイム・デルファイ(Real-Time Delphi)が開発されました。
2006年、Theodore GordonとAdam Peaseは、従来のようにラウンドを明確に区切らず、参加者が随時ほかの専門家の回答分布を参照し、自分の回答を更新できる方式を発表しました。
この方式では、オンラインシステムを利用して、回答の集計結果を継続的に更新できます。
参加者は、自分の都合のよい時点で回答し、ほかの参加者の判断を確認しながら再評価できます。
ただし、リアルタイム方式には独自の注意点があります。
早い段階に回答した参加者の意見が、その後の参加者に強く影響する可能性があります。
また、誰がどのような情報を見た後に回答したかによって、判断の条件が異なる場合があります。
そのため、リアルタイム・デルファイでは、回答の更新履歴や、参加者へ提示された情報を適切に管理する必要があります。
デルファイ法とホライズン・スキャニング
ホライズン・スキャニング(Horizon Scanning)は、将来重要になる可能性がある変化の兆候を早い段階で発見する方法です。
一方、デルファイ法は、特定の課題について専門家の判断を体系的に収集する方法です。
この二つは、将来研究や技術予測の中で組み合わせることができます。
例えば、ホライズン・スキャニングによって、新しい技術や社会変化の兆候を収集します。
収集された兆候から、将来重要になる可能性がある技術課題を設定します。
その後、デルファイ法を利用して、技術的重要度、実現時期、社会的な影響、実現上の障害などを専門家に評価してもらうことができます。
ただし、ホライズン・スキャニングによって発見された兆候が、必ずしも将来の重要な技術へ発展するとは限りません。
また、デルファイ法によって高い重要度が示されたからといって、その技術が実現することを保証するものではありません。
両者を組み合わせる目的は、将来の可能性を幅広く探索し、その中でどのような課題について追加調査や研究開発を進めるべきかを検討することです。
デルファイ法と概念調査
デルファイ法は、マインドウエア総研が提唱してきた概念調査(Concept Exploration)とも組み合わせることができます。
概念調査では、新しく現れる概念を捉えることや、特徴・構造・パターンを手掛かりに未知の対象を探索することを重視します。
一方、デルファイ法では、評価する対象や質問項目をあらかじめ設定する必要があります。
つまり、デルファイ法をどれほど厳密に実施しても、調査対象に含まれていない技術や研究開発テーマを評価することはできません。
この問題は、技術予測において重要です。
例えば、既存の研究分野から著名な専門家を選び、既知の技術課題について将来の実現時期を予測してもらう場合を考えます。
その分野の延長線上にある技術については、専門的な知識を利用した判断が得られるでしょう。
しかし、異なる分野に存在する技術との組み合わせや、従来の技術分類では想定されていなかった研究テーマが、最初から評価対象に含まれていない可能性があります。
そこで、概念調査によって、既存の専門領域を超える新しい技術候補や研究開発仮説を探索し、その結果をデルファイ法によって評価する方法が考えられます。
さらに、デルファイ法によって得られた専門家の意見から、技術的な障害や重要な未解決問題を抽出し、再び概念調査による探索へ戻すこともできます。
概念調査が「何を探索し、評価するべきか」を発見する方法であるのに対し、デルファイ法は、発見された課題について専門家の知見を利用して判断を深める方法として位置づけられます。
ただし、未知の技術については、専門家自身が十分な知識を持っていない場合があります。
そのため、クロスドメイン概念探索で得られた候補をデルファイ法で評価する際には、関連する異分野の専門家を適切に選ぶことが重要です。
AIを利用したデルファイ法
LLMの発展によって、デルファイ法の実施を支援する新しい方法が考えられます。
例えば、調査の目的に基づいて質問項目の候補を作成したり、専門家の自由記述を整理したりすることができます。
また、異なる回答の理由を比較し、重要な論点や未解決の問題を抽出することも可能です。
調査運営者が大量の回答を手作業で整理する必要がある場合、LLMによる要約や分類は有用でしょう。
一方、数値回答の集計については、従来の統計計算を利用する方が適切です。
中央値、四分位範囲、回答割合、ラウンド間の変化などは、数理エンジンによって正確に計算できます。
LLMが役立つのは、そうした数値だけでは表現しにくい判断理由の分析です。
例えば、ある研究開発テーマについて、評価が高い専門家と低い専門家が、それぞれどのような技術的な条件を重視しているかを比較できます。
ただし、LLMによる要約によって、少数意見や専門的な留保条件が失われないようにする必要があります。
調査運営者が要約を確認し、必要に応じて元の回答へ戻れることが重要です。
LLMを専門家の代わりにできるか
AIを利用したデルファイ法については、さらに重要な問題があります。
それは、LLMを専門家パネルの代わりに利用できるかという問題です。
例えば、LLMに異なる専門家の役割を与え、複数の視点から研究開発テーマを評価させることは技術的に可能です。
しかし、この方法で得られた回答を、独立した複数の専門家による判断と同等に扱うことは適切ではありません。
同じLLMに異なる役割を与えても、学習データや推論の傾向などを共有しているため、独立した判断が得られるとは限りません。
また、異なるLLMを利用した場合でも、共通する情報源や評価傾向によって、似たような誤りが生じる可能性があります。
このような方法で回答が一致したとしても、それが独立した専門家の合意と同じ意味を持つわけではありません。
一方、LLMを利用して、評価対象の技術について賛成・反対の論点を整理し、追加調査が必要な情報を抽出することには価値があります。
LLMによる複数視点のシミュレーションは、専門家への調査を準備・補助する手段にはなりますが、実際の専門家パネルによるデルファイ法と区別する必要があります。
この区別を明示すれば、AIを利用した簡易的な検討と、本格的な専門家調査を、それぞれ目的に応じて利用できます。
デルファイ法の限界
デルファイ法には、いくつかの重要な限界があります。
第一に、専門家の選定に結果が依存することです。参加者が特定の技術分野や組織に偏っていれば、集約された判断もその偏りを反映する可能性があります。
第二に、専門家の判断が必ずしも正しいとは限らないことです。専門家であっても、将来の技術的なブレークスルーや社会変化を正確に予測できるとは限りません。
第三に、意見の収束が正確さを保証しないことです。参加者が共通の誤った前提を持っていれば、意見が一致しても誤った結論に至る可能性があります。
第四に、質問の設計が結果に大きく影響することです。技術の実現条件や評価基準が曖昧であれば、回答の比較が困難になります。
第五に、調査対象の選定による制約です。既知の技術や課題だけを評価対象にすると、未知の重要な可能性が含まれない場合があります。
第六に、調査の繰り返しによる参加者の負担です。複数回の回答を求めるため、回答率の低下や途中離脱によって結果が影響される可能性があります。
第七に、調査運営者の影響です。回答の要約方法やフィードバック内容によって、参加者の判断が特定の方向へ誘導される可能性があります。
このため、デルファイ法では、専門家の選定理由、質問内容、調査回数、フィードバック方法、集計方法、合意基準などを明確にし、結果の検証可能性を確保することが重要です。
2017年にJüngerらが発表したCREDESガイダンスでも、デルファイ研究における手法の透明性や、調査設計・報告の一貫性の重要性が指摘されています。
ThinkNaviにおけるデルファイ法
ThinkNaviでは、デルファイ法を、複数の専門家の判断を体系的に収集し、フィードバックと再評価によって意思決定を支援する思考方法として位置づけます。
ThinkNavi Freeでは、調査テーマ、質問項目、評価尺度、参加者の回答を手入力で登録し、集計できる機能が考えられます。
基本的な機能としては、複数ラウンドの回答管理、中央値、四分位範囲、回答割合、ラウンド間の変化などの計算が挙げられます。
また、数値評価だけでなく、自由記述による判断理由を登録し、異なる回答の根拠を比較できるようにすることが重要です。
ただし、個人利用を中心とする手入力ツールと、匿名性を確保した複数の専門家によるオンライン調査システムは、必要な機能が異なります。
本格的なデルファイ調査を実施するには、参加者ごとのアクセス管理、匿名回答、ラウンドの管理、フィードバックの配信、回答履歴の保存などが必要です。
このため、まずは調査設計や結果分析を支援する機能とし、複数参加者による調査運営機能は別途検討する方法が考えられます。
LLM活用版では、質問項目の作成支援、自由記述の要約、意見の対立点の抽出、追加質問の提案などが考えられます。
ただし、少数意見を過度に要約したり、AIによる解釈を専門家自身の判断として提示したりしないことが重要です。
研究開発分野では、ConceptMinerシリーズとの連携も考えられます。
例えば、ConceptMiner R&Dによってクロスドメイン探索から新しい研究開発テーマや技術仮説の候補を発見し、それらについて専門家の判断を収集します。
デルファイ法で得られた評価結果から、重要度の高いテーマ、専門家の意見が分かれているテーマ、検証が必要な技術的課題などを整理できます。
さらに、専門家の自由記述に含まれる未解決問題や技術的な制約を、次の概念探索の入力として利用することも考えられます。
研究開発ポートフォリオ分析やMCDAと組み合わせれば、専門家の判断を利用して複数の研究開発テーマを比較することも可能です。
ただし、デルファイ法は専門家の判断を収集する手続きであり、研究開発テーマの価値や技術的な成立を自動的に証明するものではありません。
デルファイ法の意義は、専門家の意見を一つにまとめることだけでなく、判断の違いとその根拠を明らかにし、どのような知識や情報が不足しているかを発見することにあります。
AIと数理分析を組み合わせることによって、専門家の判断をより効率的に収集・整理し、その結果を研究開発や戦略的意思決定に活用することが期待できます。
しかし、最終的に重要なのは、専門家の合意そのものではなく、その判断をどのような根拠に基づいて利用し、どのような事実によって検証するかということです。
英語表記: Delphi Method / Delphi Technique
関連する用語: Expert Elicitation、Consensus Development、Controlled Feedback、Policy Delphi、Real-Time Delphi、e-Delphi、Technological Forecasting
関連する思考技法:
- ホライズン・スキャニングとは | 変化の兆候から未来の可能性を発見する方法
- 概念調査とは | 新しい概念と未知の可能性を発見する思考方法
- クロスドメイン概念探索、
- シナリオ分析とは | 複数の未来を想定し、不確実性に強い戦略を考える方法
- AHP(階層分析法)とは | 一対比較によって評価基準を定量化する意思決定手法
- 多基準意思決定分析(MCDA)とは | 複数の評価基準と価値判断を統合する数理的意思決定手法
- 意思決定マトリクスとは | 複数の評価基準で選択肢を比較し、判断の妥当性を検証する手法
- 技術ロードマッピング
- 研究開発テーマの評価・優先順位付け
- 研究開発ポートフォリオ分析
参考文献・資料
- Norman Dalkey and Olaf Helmer, “An Experimental Application of the DELPHI Method to the Use of Experts,” Management Science, Vol. 9, No. 3, pp. 458–467, 1963. 論文
- Norman Dalkey, “An Experimental Study of Group Opinion: The Delphi Method,” Futures, Vol. 1, No. 5, pp. 408–426, 1969. 論文
- Murray Turoff, “The Design of a Policy Delphi,” Technological Forecasting and Social Change, Vol. 2, No. 2, pp. 149–171, 1970. 論文
- Theodore J. Gordon and Adam Pease, “RT Delphi: An Efficient, ‘Round-less’ Almost Real Time Delphi Method,” Technological Forecasting and Social Change, Vol. 73, No. 4, pp. 321–333, 2006. 論文
- Ivan R. Diamond et al., “Defining Consensus: A Systematic Review Recommends Methodologic Criteria for Reporting of Delphi Studies,” Journal of Clinical Epidemiology, Vol. 67, No. 4, pp. 401–409, 2014. 論文
- Saskia Jünger et al., “Guidance on Conducting and REporting DElphi Studies (CREDES) in Palliative Care: Recommendations Based on a Methodological Systematic Review,” Palliative Medicine, Vol. 31, No. 8, pp. 684–706, 2017. 論文
- 文部科学省 科学技術・学術政策研究所「第12回科学技術予測調査:デルファイ調査の公表」2025年5月。
- 文部科学省 科学技術・学術政策研究所「第12回科学技術予測調査 総合報告書の公表」2026年3月。
- NISTEP「デルファイ調査検索」1971年以降の科学技術予測調査結果を検索できるデータベース。