定量的SWOT分析(Quantitative SWOT Analysis)は、SWOT分析で抽出した強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)に重要度や評価値を設定し、戦略上の判断を定量的に支援する方法の総称です。QSPM(Quantitative Strategic Planning Matrix:定量的戦略計画マトリクス)は、内部・外部環境の重要な要因を利用して、複数の戦略案の相対的な魅力度を比較するための方法です。
従来のSWOT分析では、企業の内部環境と外部環境を4つのカテゴリーに分類します。また、TOWS分析では、それらを組み合わせることによってSO、ST、WO、WTの戦略案を生成します。
しかし、複数の戦略案が得られたとしても、どの戦略を優先するべきかが自動的に決まるわけではありません。
例えば、高度な技術力を生かして新市場に進出する戦略と、既存の顧客基盤を活用して保守サービスを拡充する戦略では、期待できる効果、必要な投資、実現可能性などが異なります。
SWOT・TOWSだけでは、これらの戦略を一貫した基準で比較することが難しい場合があります。
定量的SWOT分析は、まずSWOT要因に相対的な重要度を設定することによって、どの要因を重視するべきかを明らかにします。QSPMは、その重要度を利用して、各戦略が重要な要因にどの程度適切に対応しているかを評価します。
定量的SWOTが環境要因の重要性を検討する方法であるのに対し、QSPMは、その要因に基づいて戦略案を比較・選択する方法です。
ただし、定量的な評価を導入したからといって、判断が自動的に客観的になるわけではありません。要因の選択、重要度、戦略の評価には人間の判断が含まれます。重要なのは、それらの判断を明示し、結果がどのような前提によって導かれたかを検証できるようにすることです。
定量的SWOTとQSPMの成立
SWOT分析は、内部環境と外部環境を整理するための方法として広く普及しました。しかし、4つのカテゴリーに要因を列挙するだけでは、各要因の重要度や戦略上の優先順位を明確にしにくいという問題がありました。
この問題に対応するため、SWOTを定量的な意思決定手法と組み合わせる方法が発展しました。
QSPMは、フレッド・R・デービッド(Fred R. David)が1986年に『Long Range Planning』に発表した論文「The Strategic Planning Matrix—A Quantitative Approach」で紹介した戦略評価の方法です。
QSPMは、内部・外部環境の分析結果と、そこから生成された戦略案を結びつけ、各戦略の相対的な魅力度を計算する仕組みを提供します。その後、経営戦略の教科書や実務で利用されるようになりました。
一方、SWOT要因そのものの重要度を体系的に評価する方法として、AHP(Analytic Hierarchy Process:階層分析法)を組み合わせた研究も進められました。
2000年、Kurttilaらは、AHPによる一対比較をSWOT分析に組み込むA’WOTという方法を発表しました。この方法は、SWOT要因の相対的重要度を求め、戦略立案のための定量的な情報を提供するものです。
QSPMとA’WOTは、いずれもSWOT分析を定量化する方法ですが、同じものではありません。QSPMは戦略案の比較を中心とし、A’WOTはSWOT要因の重要度の評価を中心としています。
SWOT・TOWS・QSPMの役割
従来のSWOT分析、TOWS分析、定量的SWOT、QSPMは、次のように整理できます。
| 手法 | 主な目的 | 分析結果 |
|---|---|---|
| SWOT分析 | 内部・外部環境の整理 | 強み・弱み・機会・脅威の一覧 |
| 定量的SWOT | SWOT要因の重要性を評価 | 要因の重み・優先順位 |
| TOWS分析 | 内部要因と外部要因を組み合わせる | SO・ST・WO・WTの戦略案 |
| QSPM | 複数の戦略案の相対的な魅力度を比較する | 戦略別の得点・優先順位 |
実際の分析では、これらを完全に独立した作業として実施する必要はありません。
例えば、SWOT要因を整理してからTOWSによって戦略案を作成し、その後に要因の重要度を設定してQSPMによる評価を行うことができます。
また、重要度の評価によって、それまで見落としていた重要な要因が明らかになれば、SWOTやTOWSの内容を見直すことも考えられます。
重要なのは、環境要因の抽出、要因の重要度の評価、戦略案の生成、戦略案の比較を、それぞれ異なる作業として区別することです。
SWOT要因をどのように定量化するか
SWOT要因を定量化するためには、まず「何を数値化するのか」を明確にする必要があります。
例えば、「高精度な計測技術」という強みについては、他社製品と比較した計測精度などを客観的に測定できる場合があります。
しかし、その技術が企業の事業戦略にとってどれほど重要であるかは、別の問題です。
また、「設備の予知保全に対する需要拡大」という機会については、市場規模や成長率を推定できる場合があります。しかし、市場が成長していることと、その企業が市場機会を獲得できることは同じではありません。
SWOTの定量化には、少なくとも次のような異なる評価が存在します。
- 要因の大きさや状態: 技術性能、資金量、市場成長率など、可能であれば実測値や統計データを利用する。
- 要因の重要度: その要因が戦略的な意思決定に与える影響の大きさを評価する。
- 戦略の対応力: 特定の戦略が、その要因をどの程度活用・改善・回避できるかを評価する。
この区別は重要です。
例えば、非常に高度な技術を保有していても、検討している市場ではあまり利用価値がないかもしれません。その場合、技術性能は高くても、事業戦略上の重要度は低くなります。
また、重要度の高い市場機会が存在していても、ある戦略がその機会をほとんど利用できない場合があります。
定量的SWOTでは主に要因の重要度を扱い、QSPMでは、その要因に対する戦略の相対的な魅力度を評価します。
SWOT要因の重み付け
最も単純な定量化の方法は、SWOT要因に重要度の重みを設定することです。
例えば、ある企業の内部要因が次の4つであるとします。
| 区分 | 要因 | 重要度 |
|---|---|---|
| S1 | 高精度な計測・校正技術 | 0.35 |
| S2 | 既存顧客との長期的な関係 | 0.20 |
| W1 | ソフトウェア開発能力の不足 | 0.25 |
| W2 | 販売先の特定産業への集中 | 0.20 |
| 合計 | 1.00 |
この例では、高精度な計測・校正技術が最も重要であると評価されています。
ただし、弱みについて重要度が高いことは、その弱みが望ましいという意味ではありません。弱みが戦略に与える影響が大きいことを表します。
同様に、外部要因にも重みを設定できます。
| 区分 | 要因 | 重要度 |
|---|---|---|
| O1 | 予知保全に対する需要拡大 | 0.30 |
| O2 | 低価格エッジAI技術の普及 | 0.20 |
| T1 | 海外製低価格センサーとの競争 | 0.30 |
| T2 | 顧客の設備投資減少 | 0.20 |
| 合計 | 1.00 |
重みの合計を1に正規化することで、各要因の相対的重要度を比較できます。
ただし、この重みは測定によって自動的に決まるものではありません。経営者や関係者の判断、客観的な情報、専門家による評価などを利用して設定する必要があります。
IFE・EFEマトリクスとの関係
QSPMの標準的な実施方法では、IFEマトリクスとEFEマトリクスが、重要な内部・外部要因を整理するための入力として利用されます。
IFE(Internal Factor Evaluation)は内部要因評価、EFE(External Factor Evaluation)は外部要因評価を意味します。
どちらも、重要な要因に重みと評点を設定し、加重得点を計算する方法です。
ただし、IFEとEFEでは、評点の意味が異なります。
IFEでは、一般的に1~4の評点を利用し、重大な弱みから主要な強みまでを評価します。
EFEでは、一般的に1~4の評点を利用し、外部環境の機会や脅威に対して、企業の現在の戦略がどの程度適切に対応しているかを評価します。
つまり、EFEの評点は、機会の大きさや脅威の深刻さを直接表すものではありません。
| 評価方法 | 重み | 評点の主な意味 |
|---|---|---|
| IFE | 内部要因の重要度 | 内部要因が強みか弱みか、その程度 |
| EFE | 外部要因の重要度 | 外部要因に対する企業の対応状況 |
| QSPM | 内部・外部要因の重要度 | 戦略案が各要因に対して持つ相対的な魅力度 |
QSPMで利用する魅力度得点(Attractiveness Score:AS)は、IFEやEFEの評点とは異なります。
例えば、ある企業のソフトウェア開発能力が重大な弱みであるというIFE評価は、比較するすべての戦略に共通する内部環境の認識です。
一方、QSPMでは、外部企業との提携戦略がその弱みをどの程度補えるか、独自開発戦略ではどの程度の制約になるかを、戦略ごとに比較します。
この区別を理解しておかないと、IFEやEFEの評点をそのまま戦略の魅力度と誤解する可能性があります。
A’WOT:AHPによる重要度の決定
SWOT要因の重要度を設定する方法の一つが、AHPを利用したA’WOTです。
AHPは、複数の評価項目を一対比較し、相対的な重要度を求めるための方法です。
例えば、内部要因として「高精度な計測技術」と「既存顧客との関係」が存在する場合、どちらが戦略的に重要かを比較します。
さらに、他の強みや弱みとの比較を行い、それらの判断から重要度を計算します。
AHPを利用する利点は、利用者が要因の重要度を一度に数値化するのではなく、2つずつ比較しながら判断できることです。
また、一対比較の整合性を確認することで、判断の矛盾を検討することもできます。
ただし、AHPを使用したとしても、判断が客観的な事実に置き換わるわけではありません。
AHPは、利用者の選好や判断を体系的に数値化するための方法です。
なお、A’WOTでは、SWOTの4グループの重要度と、各グループ内の要因の重要度を階層的に評価する方法があります。これにより、異なるグループの要因を同一の尺度で比較するための重みを構成できます。
一方、QSPMの標準的な形式では、内部要因と外部要因について別々に合計1となる重みを使用することが一般的です。
A’WOTによって得られた重みをQSPMへ利用する場合には、両者の正規化方法を一致させる必要があります。
単に異なる方法で計算した重みをそのまま流用すると、意図しない評価結果になる可能性があります。
QSPMの基本構造
QSPMは、内部・外部要因と複数の戦略案を行列として整理し、戦略の相対的な魅力度を計算する方法です。
基本的には、各SWOT要因に設定した重みと、各戦略案の魅力度得点を掛け合わせます。
要因iの重みをwᵢ、戦略jの魅力度得点をASᵢⱼとすると、その要因についての加重魅力度得点は次のようになります。
TASᵢⱼ = wᵢ × ASᵢⱼ
TASはTotal Attractiveness Scoreの略です。
さらに、各戦略についてTASを合計します。
QSPM(j) = Σ wᵢ ASᵢⱼ
この合計が、戦略jの総合的な魅力度を表します。
QSPMでは通常、魅力度得点として1~4の整数を利用します。
| 魅力度得点(AS) | 意味 |
|---|---|
| 1 | 魅力度が低い |
| 2 | やや魅力的 |
| 3 | かなり魅力的 |
| 4 | 非常に魅力的 |
この得点は、その要因を考慮したときに、比較対象の戦略がどの程度適切かを表します。
例えば、予知保全市場の需要拡大という機会に対して、AI予知保全事業を開発する戦略は高い魅力度を持つ可能性があります。
一方、既存の計測機器を販売し続ける戦略は、その機会を十分に利用できないかもしれません。
ここで重要なのは、ASが単なる戦略全体の人気投票ではないことです。
各要因について、比較対象の戦略を相対的に評価することがQSPMの基本です。
また、ある要因が戦略の選択に影響しない場合には、その行を「該当なし」として扱います。標準的なQSPMでは、その要因が比較対象の選択に関係しないなら、同じ比較グループのすべての戦略について得点を付けません。
「該当しない」と「魅力度が低い」は区別しなければなりません。
具体例:産業用計測機器メーカーの戦略選択
ここでは、SWOT・TOWSのページで扱った産業用計測機器メーカーの事例を利用します。
この企業は、高精度の計測技術と既存顧客との関係を強みとして持っています。一方、ソフトウェア開発能力が不足しており、販売先が特定の産業に集中しているという弱みがあります。
外部環境では、予知保全需要の拡大や低価格エッジAI技術の普及が機会になる一方、海外メーカーとの価格競争や顧客の設備投資減少が脅威になっています。
これらを踏まえて、次の3つの戦略を検討します。
戦略A:AI予知保全サービスの開発
計測技術とAI分析を組み合わせ、新しい予知保全サービスを開発します。
戦略B:高精度計測機器による差別化
計測精度、信頼性、校正技術などを強化し、高付加価値の計測機器市場に集中します。
戦略C:校正・保守サービスの拡充
既存顧客と設置済みの機器を基盤として、校正、保守、設備延命などのサービスを拡大します。
これらは異なる事業戦略ですが、いずれも企業の能力と外部環境に対する対応策です。
QSPMを利用して、どの戦略を優先するべきかを検討します。
QSPMによる計算例
先ほど設定した8つのSWOT要因と重要度を利用します。
各要因について、3つの戦略の魅力度得点を1~4で評価します。以下の得点は説明用の仮定であり、実際の企業について評価したものではありません。
| SWOT要因 | 重み | A:AI予知保全 AS | B:高精度差別化 AS | C:校正・保守 AS |
|---|---|---|---|---|
| S1 高精度な計測技術 | 0.35 | 4 | 4 | 2 |
| S2 既存顧客との関係 | 0.20 | 3 | 3 | 4 |
| W1 ソフトウェア能力不足 | 0.25 | 1 | 4 | 4 |
| W2 顧客産業の集中 | 0.20 | 3 | 2 | 1 |
| O1 予知保全需要の拡大 | 0.30 | 4 | 1 | 2 |
| O2 低価格エッジAIの普及 | 0.20 | 4 | 2 | 2 |
| T1 海外製低価格センサー | 0.30 | 3 | 4 | 3 |
| T2 顧客の設備投資減少 | 0.20 | 2 | 1 | 4 |
内部要因と外部要因の重みは、それぞれ合計1です。
例えば、S1「高精度な計測技術」に対する戦略Aの加重魅力度得点は、
0.35 × 4 = 1.40
となります。
また、W1「ソフトウェア能力不足」に対しては、戦略Aが既存の弱みに強く制約されるため、魅力度を1と評価しています。
この場合の加重魅力度得点は、
0.25 × 1 = 0.25
です。
各要因について同様の計算を行い、戦略ごとに合計すると、次のようになります。
| 区分 | 戦略A | 戦略B | 戦略C |
|---|---|---|---|
| 内部要因の加重魅力度合計 | 2.85 | 3.40 | 2.70 |
| 外部要因の加重魅力度合計 | 3.30 | 2.10 | 2.70 |
| 総合魅力度 | 6.15 | 5.50 | 5.40 |
| 順位 | 1 | 2 | 3 |
この結果では、AI予知保全サービスの開発を目指す戦略Aが最も高い魅力度を持っています。
予知保全需要の拡大と低価格エッジAI技術の普及という機会を利用できることが、高い評価につながっています。
ただし、戦略Aはソフトウェア開発能力の不足という弱みに対して低い得点を与えられています。
したがって、戦略Aの総合得点が最も高いからといって、そのまま実施することが適切とは限りません。
外部企業との提携によってソフトウェア開発能力を補完するなど、実現に必要な条件を検討する必要があります。
QSPMの結果は、戦略の選択を支援する情報であって、実行可能性を保証するものではありません。
QSPMの得点は何を意味するのか
QSPMを理解する際に注意したいのは、総合魅力度の得点が、売上高や利益、投資収益率などを直接表すものではないことです。
例えば、戦略Aの得点が6.15で、戦略Bが5.50であっても、戦略Aの事業価値が戦略Bより11.8%高いという意味にはなりません。
また、戦略Aの成功確率が最も高いことを意味するものでもありません。
QSPMは、戦略の評価に関係する要因の重要度と、各要因に対する戦略の魅力度を統合した、相対的な意思決定指標です。
そのため、得点の意味は、重要度と魅力度をどのように定義したかによって決まります。
特に、1~4の魅力度得点は通常、判断者の選好に基づく評点です。1と2の差、2と3の差、3と4の差が、同じ大きさの価値の差を表しているとは限りません。
しかし、QSPMの計算では、それらを数値として掛け合わせ、合計しています。
この点は、QSPMを利用する際の方法論上の重要な限界です。
したがって、QSPMの結果は精密な経済価値の計算ではなく、戦略選択に関する判断を体系的に表現するための近似的な指標として解釈することが適切です。
重みの正規化と内部・外部要因の扱い
QSPMでは、内部要因と外部要因の重みを、それぞれ合計1に正規化する方式が一般的です。
この場合、内部要因の総合的重要度が1、外部要因の総合的重要度も1となるため、両者は同じ合計重みで評価に組み込まれます。
しかし、すべての戦略的意思決定で、内部要因と外部要因を同程度に重視することが適切とは限りません。
例えば、既存事業の収益改善では内部の業務能力が重要である一方、新規市場への参入では外部環境の変化が戦略選択を大きく左右する場合があります。
そのため、内部要因と外部要因の相対的重要度を明示的に設定する拡張方法も考えられます。
内部要因の合計得点をI、外部要因の合計得点をEとした場合、例えば次のように統合できます。
Q = αI + (1 − α)E
ここで、αは内部要因を重視する程度を表すパラメータです。
αが0.5であれば、内部要因と外部要因を同程度に重視します。
ただし、この式は標準的なQSPMの総合得点とは尺度が異なります。従来の計算結果との比較では、正規化方法を統一する必要があります。
また、A’WOTによって重みを算出した場合にも、SWOTの4つのグループ間の重みをどう扱うかによって結果が変化します。
重みの設定方法は、単なる計算上の取り決めではなく、戦略評価の前提そのものです。
感度分析によって戦略の順位を検証する
QSPMでは、重要度や魅力度の評価が変化すると、戦略案の順位も変化する可能性があります。
そのため、計算された順位をそのまま採用するのではなく、感度分析によって結果の安定性を確認することが重要です。
例えば、先ほどの事例では、予知保全需要の拡大(O1)の重要度を0.30、設備投資の減少(T2)の重要度を0.20としていました。
ここで、景気の悪化などによって、予知保全市場の成長期待が低下し、設備投資減少への警戒が強くなったとします。
O1の重要度を0.10へ引き下げ、T2の重要度を0.40へ引き上げます。その他の重みは変更しません。
外部要因の重みの合計は1のままです。
この条件でQSPMを再計算すると、次の結果になります。
| 条件 | 戦略A | 戦略B | 戦略C |
|---|---|---|---|
| 当初の重要度 | 6.15 | 5.50 | 5.40 |
| O1を0.10、T2を0.40に変更 | 5.75 | 5.50 | 5.80 |
当初は戦略Aが最も高い評価を得ていましたが、重要度を変更した後には戦略Cが最も高くなります。
これは、予知保全市場の成長を重視する場合には新規事業への投資が有利になる一方、設備投資の減少を重視する場合には保守・校正サービスの拡充が有利になることを示しています。
ただし、どちらの重要度が正しいかは、この計算だけでは判断できません。
重要なのは、どのような前提の変化によって戦略の順位が逆転するのかを明らかにすることです。
また、戦略の順位がわずかな重みの変化で逆転する場合には、QSPMの結果だけで一つの戦略を選択することは慎重に考える必要があります。
複数の評価者によるQSPM
SWOT要因の重要度や戦略の魅力度は、評価者によって異なる場合があります。
例えば、研究開発部門は技術力を重視し、営業部門は顧客基盤や販売チャネルを重視するかもしれません。また、経営者は資金調達や投資リスクを強く意識する可能性があります。
このような違いを単純に平均してしまうと、重要な意見の対立が見えなくなる場合があります。
そこで、複数の評価者に個別に重要度や魅力度を設定してもらい、それぞれの結果を比較する方法が考えられます。
例えば、評価者ごとにQSPMの得点と戦略順位を計算すれば、どの戦略について評価が一致し、どの戦略について意見が分かれているかを確認できます。
さらに、意見の違いがSWOT要因の重要度から生じているのか、戦略の魅力度に関する判断から生じているのかを分析することもできます。
この方法では、すべての評価者を同じ結論に導くことが目的ではありません。
各評価者がどのような前提に基づいて判断しているかを明らかにし、必要な情報収集や議論につなげることが重要です。
QSPMの限界:単純な加重和による評価
QSPMは、各要因の重要度と戦略の魅力度を掛け合わせ、それらを合計する方法です。
この構造は、意思決定マトリクスや単純な加重和モデルと共通しています。
そのため、一般的な加重和モデルに存在する問題は、QSPMでも注意する必要があります。
例えば、予知保全市場の成長とエッジAI技術の普及を、互いに独立した機会として評価した場合を考えます。
実際には、低価格のエッジAI技術の普及が、予知保全市場の成長を促進している可能性があります。
その場合、両者を完全に独立した要因として得点に加えると、重複した影響を評価してしまう可能性があります。
同様に、技術力と製造能力の両方が必要な戦略では、それぞれの能力を単純に加算しただけでは、両者が揃って初めて事業が成立するという関係を十分に表現できないかもしれません。
このような問題については、必要に応じて、要因の整理や階層化、非線形価値関数、Choquet積分などを検討できます。
ただし、複雑な評価モデルを導入する前に、同じ意味を持つ要因を重複して登録していないかを確認することが重要です。
要因の定義そのものが曖昧であれば、どのような数理モデルを利用しても、評価の妥当性は保証されません。
QSPMで評価できない問題
QSPMは戦略の相対的な魅力度を比較できますが、すべての意思決定問題を解決できるわけではありません。
まず、戦略の実行に必要な資源や能力が不足している場合があります。
例えば、ソフトウェア開発能力が不足している企業がAI予知保全事業へ参入する場合、必要な技術を確保できなければ事業を実施できません。
QSPMでは、その弱みに対する低い魅力度を設定することはできますが、実行不可能な戦略を必ず除外できるわけではありません。
そこで、資金、法制度、技術的な実現可能性など、必ず満たすべき条件については、得点とは別に制約条件を設定することが考えられます。
また、QSPMは一般に、与えられた複数の戦略案を比較するための方法です。
複数の戦略を同時に実施する場合や、一つの戦略を実施したことによって別の戦略の効果が変化する場合には、単純な順位付けだけでは不十分です。
例えば、AI予知保全事業への参入と保守サービスの拡充は、必ずしも二者択一ではありません。
既存の保守サービスを強化しながら、予知保全サービスの小規模な実証実験を行うという戦略も考えられます。
このような組み合わせを検討するには、戦略案を再構成するか、資源配分や投資計画を扱う別のモデルが必要になります。
QSPMは、戦略案を比較する方法であり、戦略案そのものを網羅的に生成する方法ではありません。
シナリオ分析との組み合わせ
QSPMで得られた戦略の優先順位は、将来の環境によって変化する可能性があります。
例えば、予知保全市場が急速に成長する場合と、製造業の設備投資が長期的に停滞する場合では、重視するべき機会や脅威が異なります。
そのため、シナリオ分析によって複数の将来環境を設定し、それぞれの条件の下でQSPMを実施する方法が考えられます。
例えば、次の3つの環境を想定できます。
成長シナリオ: 設備投資が拡大し、産業用AIの普及が進む。
低成長シナリオ: 設備投資が低迷し、保守・設備延命への需要が高まる。
競争激化シナリオ: 海外メーカーや異業種企業の参入によって価格競争が強まる。
各シナリオについて、SWOT要因の重要度や戦略の魅力度を見直し、QSPMを再計算します。
この結果から、どのシナリオでも比較的高い評価を得る戦略や、特定のシナリオに強く依存する戦略を確認できます。
さらに、シナリオ別の評価結果を利用して、Maximin、Minimax Regretなどの頑健性評価を行うことも考えられます。ただし、この場合には、各シナリオで使用する評価尺度が比較可能であることを確認する必要があります。
QSPMの得点は一般に主観的な魅力度の合計なので、そのまま経済的な損失や後悔値として解釈することはできません。
シナリオを横断した厳密な投資評価が必要な場合には、利益、キャッシュフロー、投資収益などを共通の尺度で計算する方が適切です。
QSPMと多基準意思決定分析
QSPMは、広い意味では多基準意思決定分析(Multi-Criteria Decision Analysis:MCDA)と共通する構造を持っています。
評価に利用する複数の要因を設定し、それらの重要度を考慮して代替案を比較するからです。
ただし、QSPMの評価基準は、SWOT分析によって抽出された内部・外部要因です。
一方、一般的なMCDAでは、費用、収益性、実現可能性、リスク、戦略的重要性など、意思決定の目的に応じて評価基準を設定できます。
この違いは重要です。
例えば、SWOT要因の中には、外部環境の状態や内部の能力が含まれますが、戦略を選択するために必要な投資額や実施期間が十分に表現されていない場合があります。
そのため、QSPMで戦略の魅力度を比較した後に、費用、実現可能性、実施期間、資源制約などを加えた意思決定マトリクスによって、さらに詳しく評価する方法も考えられます。
また、評価基準の重みに不確実性がある場合には、感度分析や頑健性分析を利用できます。
QSPMは、すべての戦略的意思決定を完結させるものではなく、SWOT・TOWSによって得られた戦略案と、一般的な多基準意思決定分析とを結びつける方法として位置づけることができます。
AI時代の定量的SWOT・QSPM
LLMの発展によって、定量的SWOTやQSPMの利用にも新しい可能性が生まれています。
従来、SWOT要因の抽出、重み付け、戦略案の生成、魅力度の評価には、経営者や専門家による判断が必要でした。
LLMを利用すれば、企業の事業内容や市場環境に関する情報からSWOT要因の候補を提案したり、要因の定義や分類について問題点を指摘したりできます。
また、技術文献、市場調査、競合企業の情報などを利用して、外部環境の機会や脅威に関する判断材料を収集することも考えられます。
ただし、LLMが提案したSWOT要因や重要度を、そのまま正しいものとして採用するべきではありません。
特に企業の内部能力については、外部に公開されている情報だけでは十分に評価できない場合があります。
さらに、LLMは戦略の魅力度をもっともらしい数値で提示することができますが、その数値がどのような根拠に基づいているかは別途確認する必要があります。
LLMの有用な役割は、数値を自動的に決めることだけではありません。
例えば、あるSWOT要因について、なぜ特定の戦略の魅力度が高いと考えられるのか、その理由を説明させることができます。
また、複数の戦略案について同じ要因に対する評価を比較させ、判断の不一致を指摘させることもできます。
さらに、重要度や魅力度を変更した場合に、どの戦略の順位が変わるかを数理エンジンで計算し、LLMがその意味を説明するという方法が考えられます。
ここでは、LLMによる推論と数理計算の役割を分けることが重要です。
LLMが判断材料を収集し、評価の根拠を検討し、数理エンジンが得点を計算し、利用者が重要度や魅力度の妥当性を判断するという役割分担が適切でしょう。
未知の機会を含む戦略評価への発展
定量的SWOTやQSPMには、より根本的な限界もあります。
それは、評価の対象となるSWOT要因と戦略案が、あらかじめ与えられていることです。
例えば、ある企業が自社の高精度計測技術を強みとして認識していても、その技術が異なる産業でどのように利用できるかを知らなければ、その新しい市場を機会として登録することはできません。
また、その機会が認識されていなければ、TOWSによって対応する戦略案を生成することもできません。
したがって、QSPMによって戦略案をどれほど精密に比較しても、最も有望な戦略案が最初から評価対象に含まれていなければ、それを選択することはできません。
この問題に対応するためには、戦略の評価に先立って、機会や戦略案の探索範囲を拡張する必要があります。
例えば、自社の技術や能力を、製品名や業界名ではなく、機能、構造、作用原理などの抽象的な特徴として捉え、それらが異分野でどのような問題を解決できるかを探索する方法が考えられます。
こうして発見された機会をSWOTへ追加し、TOWSによって新しい戦略案を生成したうえで、QSPMによって比較できます。
このように、概念探索とQSPMを組み合わせることで、既知の戦略案から最良のものを選ぶだけでなく、評価対象となる戦略案そのものを拡張することができます。
ただし、新しく発見された事業機会が、既存の事業機会より有望であるとは限りません。
むしろ、未知の市場では情報が不足しているため、評価の不確実性が大きくなる可能性があります。
その場合には、無理に確定的な魅力度得点を設定するのではなく、必要な情報を収集し、技術的・事業的な仮説を検証することが重要です。
ThinkNaviにおける定量的SWOT・QSPM
ThinkNaviでは、定量的SWOT・QSPMを、SWOT・TOWSによって整理・生成した要因や戦略案を、体系的に比較するための思考支援手法として位置づけます。
ThinkNavi Freeでは、利用者がSWOT要因とその重要度を入力し、各戦略案について魅力度得点を設定できる機能が考えられます。
SWOT・TOWSツールで登録された要因と戦略案を、そのままQSPMへ引き継ぐことができれば、同じ情報を繰り返し入力する必要がありません。
基本的な機能としては、内部・外部要因の重みの設定、戦略ごとの魅力度得点の入力、加重魅力度得点の計算、総合得点による順位付けなどが考えられます。
また、SWOT要因の重み付けにAHPを利用する場合には、AHPツールによる一対比較の結果を引き継ぐことも可能です。
ただし、AHPによる重みとQSPMの重みでは、正規化の方法を統一する必要があります。
さらに、感度分析と連携させることで、特定の要因の重要度や戦略の魅力度を変更した場合に、戦略の順位がどのように変化するかを確認できるようにします。
ここでは、重みを変更した際の再正規化の方法を明示し、利用者が計算結果を検証できることが重要です。
QSPMの得点だけで判断することを避けるため、必須条件や実行上の制約を登録する機能も有用です。
例えば、必要な投資額、開発能力、法制度上の条件などを別途記録し、条件を満たさない戦略を識別できるようにします。
LLM活用版では、SWOT要因の重要度や戦略の魅力度について判断材料を提示し、得点の根拠を説明する機能が考えられます。
さらに、複数の評価者による判断の違いを比較したり、評価結果に大きな影響を与えている要因について追加調査を提案したりすることも可能でしょう。
ConceptMinerシリーズと組み合わせる場合には、クロスドメイン概念探索によって発見された新しい市場機会や戦略仮説をSWOT・TOWSへ追加し、QSPMで評価するという流れが考えられます。
このように、環境分析、戦略案の生成、定量的評価、感度分析、仮説検証を一連のプロセスとして扱うことができます。
ただし、QSPMを導入する目的は、戦略に数値を付けて順位を決めることだけではありません。
定量的SWOT・QSPMの意義は、戦略選択に含まれる重要度や価値判断を明示し、どのような根拠と前提によって結論が導かれたかを検討できるようにすることにあります。
さらに、AIによる情報探索と数理分析を組み合わせることで、従来のSWOT分析を、より透明で検証可能な戦略的意思決定の方法へ発展させることができると考えられます。
関連する思考技法:
- SWOT・TOWS分析とは | 内部・外部環境の整理から戦略仮説の創出へ
- A’WOT、
- AHP(階層分析法)とは | 一対比較によって評価基準を定量化する意思決定手法
- IFE・EFEマトリクス、
- QSPM、
- 意思決定マトリクスとは | 複数の評価基準で選択肢を比較し、判断の妥当性を検証する手法
- 意思決定マトリクスとは | 複数の評価基準で選択肢を比較し、判断の妥当性を検証する手法
- 非線形効用理論とは | 人間の価値判断とリスク選好を数理的に表現する方法
- Choquet積分(ショケ積分)とは | 評価基準間の相乗効果と重複を考慮する多基準意思決定手法
- 感度分析とは | 前提条件の変化が分析結果に与える影響を調べる数理的手法
- シナリオ分析とは | 複数の未来を想定し、不確実性に強い戦略を考える方法
- 頑健性分析、
- コンセプト探索
参考文献・資料
- Fred R. David, “The Strategic Planning Matrix—A Quantitative Approach,” Long Range Planning, Vol. 19, No. 5, pp. 102–107, 1986. 論文
- Meredith E. David, Fred R. David, and Forest R. David, “The Quantitative Strategic Planning Matrix: A New Marketing Tool,” Journal of Strategic Marketing, Vol. 25, No. 4, pp. 342–352, 2017. 論文
- Mikko Kurttila, Mauno Pesonen, Jyrki Kangas, and Miika Kajanus, “Utilizing the Analytic Hierarchy Process (AHP) in SWOT Analysis—A Hybrid Method and Its Application to a Forest-Certification Case,” Forest Policy and Economics, Vol. 1, No. 1, pp. 41–52, 2000. 論文
- Jyrki Kangas, Mikko Kurttila, Miika Kajanus, and Annika Kangas, “Evaluating the Management Strategies of a Forestland Estate—The S-O-S Approach,” Journal of Environmental Management, Vol. 69, No. 4, pp. 349–358, 2003. 論文
- H. Hosseini-Nasab and A. S. Milani, “An Improvement of Quantitative Strategic Planning Matrix Using Multiple Criteria Decision Making and Fuzzy Numbers,” Applied Soft Computing, Vol. 12, No. 8, pp. 2246–2253, 2012. 論文
- Heinz Weihrich, “The TOWS Matrix—A Tool for Situational Analysis,” Long Range Planning, Vol. 15, No. 2, pp. 54–66, 1982. 論文
- Terry Hill and Roy Westbrook, “SWOT Analysis: It’s Time for a Product Recall,” Long Range Planning, Vol. 30, No. 1, pp. 46–52, 1997. 論文