科学的方法(Scientific Method)とは、自然や社会の現象について問いを立て、観察や実験などによって証拠を集め、仮説や理論を検討しながら知識を形成していくための方法や考え方の総称です。科学は、単に多くの事実を集める活動でも、既存の理論を使って説明する活動でもありません。観察された事実から新しい問題を発見し、それを説明する仮説を考え、その仮説がどの程度現実に適合しているかを調べる活動でもあります。
科学的方法は、「観察 → 仮説 → 実験 → 検証 → 結論」という手順として紹介されることがあります。この説明は科学的探究の基本的な流れを理解するには便利ですが、実際の研究が常にその順番で進むわけではありません。仮説から出発して必要な観察を行うこともあれば、実験で予想外の現象を発見し、問題そのものを設定し直すこともあります。科学分野によっては、直接的な実験よりも、観測、比較、歴史的な証拠、数学的なモデルなどが重要になる場合もあります。
それでも、科学的な知識の形成には共通する重要な考え方があります。自分の考えを支持する証拠だけでなく、その考えが誤っている可能性を示す証拠についても検討することです。この考え方を哲学的に明確にしたのが、カール・ポパー(Karl Popper, 1902–1994)の反証可能性(Falsifiability)です。
科学的方法に決まった手順はあるのか
科学的方法を考えるとき、まず区別したいのは、新しい仮説や理論を生み出す活動と、それらを評価する活動です。
新しいアイデアは、観察から生まれることもあれば、既存の理論との矛盾、異分野の類推、偶然の発見、直感などから生まれることもあります。最初から明確な仮説を持たず、多数のデータを収集・分析する研究もあります。
例えば、ある材料について予想外の性質が発見された場合、研究者はその現象を理解するために新しい仮説を考えるでしょう。一方、既存の理論からまだ観察されていない現象を予測し、その予測を確認するために実験を計画する場合もあります。
前者では、観察が仮説の形成に先行しています。後者では、仮説が観察の計画に先行しています。
どちらか一方だけが科学的な方法というわけではありません。
科学哲学では、仮説を思いつく過程を「発見の文脈(Context of Discovery)」、その仮説を評価する過程を「正当化の文脈(Context of Justification)」として区別する考え方が知られています。この区別は必ずしも明確ではありませんが、着想の独創性と、その内容の妥当性を別々に考えるために役立ちます。
優れた仮説が直感から生まれたとしても、それだけで仮説が正しいことにはなりません。反対に、仮説を発見した過程が偶然や試行錯誤によるものであっても、適切な証拠によって支持されれば、科学的な知識の形成に貢献できます。
科学的方法とは、発見の仕方を一つの手順に限定することではなく、得られた考えを批判的に検討し、よりよい説明へと修正していくための活動でもあるのです。
帰納法・演繹法・アブダクションと科学的方法
科学的な推論を理解するには、帰納法、演繹法、アブダクションという三つの考え方を区別すると便利です。
| 推論 | 基本的な考え方 | 例 |
|---|---|---|
| 帰納法(Induction) | 個別の観察から一般的な規則性を推測する | 多数の試験で同様の結果が得られたため、一定の条件下で同じ傾向があると考える |
| 演繹法(Deduction) | 一般的な仮説や前提から具体的な予測を導く | 理論が正しければ、特定の実験条件である現象が生じるはずだと予測する |
| アブダクション(Abduction) | 観察された現象を説明する仮説を考える | 予想外の性能向上について、新しい材料構造が原因ではないかと考える |
帰納法は、観察から一般的な規則性を推測する方法です。しかし、過去に同じ結果が繰り返し観察されたからといって、その関係が将来も必ず成立することが論理的に保証されるわけではありません。これはヒューム以来、科学哲学で論じられてきた帰納の問題です。
演繹法では、仮説と必要な前提から具体的な予測を導きます。推論が妥当で前提が正しければ、結論も成立します。ただし、演繹だけでは、出発点となる仮説そのものが正しいかどうかはわかりません。
アブダクションは、現象について考えられる説明を作る推論です。例えば、ある材料が予想以上の耐久性を示した場合、微細構造や化学組成などについて原因仮説を考えます。しかし、観察結果を説明できる仮説は一つとは限りません。
科学的探究では、これらの推論が組み合わされます。観察から規則性を発見し、説明する仮説を考え、その仮説から予測を導き、実験や観察によって予測を調べる、という活動が繰り返されます。
ポパーの反証可能性とは何か
カール・ポパーは、1934年に刊行された『Logik der Forschung』(後に英語版『The Logic of Scientific Discovery』として刊行)において、科学的理論の重要な特徴として反証可能性を提唱しました。
ポパーが問題にしたのは、科学的な理論と、科学的であるように見えながら経験的な批判を受け付けない主張を、どのように区別できるかということです。これは「境界設定問題(Demarcation Problem)」と呼ばれます。
反証可能性とは、ある理論が誤っていると判断する根拠になりうる観察や実験結果を、原理的に考えることができるという性質です。
例えば、「すべての白鳥は白い」という主張を考えてみましょう。
白い白鳥を何千羽観察しても、まだ見ていない白鳥がすべて白いことを証明したわけではありません。しかし、実際に黒い白鳥が一羽発見され、それが間違いなく白鳥であると確認できれば、「すべての白鳥は白い」という普遍的な主張は成立しなくなります。
ここには、肯定する証拠を積み重ねることと、反例によって否定することの論理的な非対称性があります。
ポパーは、この違いを科学的方法の重要な特徴として捉えました。
例えば、「この物質は、指定した条件下では100℃まで構造が変化しない」という仮説であれば、その条件で構造変化が観察されることが反証の候補になります。
一方、「この物質には、どのような条件でも何らかの未知の可能性がある」という主張では、どのような結果が得られても主張と両立してしまうため、経験的な検討が困難です。
反証可能性は、理論が間違っているという意味ではありません。また、反証されなければ正しいという意味でもありません。理論が、誤りである可能性を示す証拠に対して開かれているかどうかを問題にしています。
反証可能性と科学的な仮説の作り方
科学的な仮説を評価するには、「何が起きると思うか」だけでなく、「どのような結果が得られたら、その考えを修正する必要があるか」を明確にすることが重要です。
例えば、製品開発において「新しい材料構造によって耐衝撃性を改善できるのではないか」と考えたとします。
この段階では、発想の方向は示されていますが、まだ何を測定すればよいのかが明確ではありません。
そこで、次のように具体化します。
「同じ質量と外形寸法を持つ従来構造と新構造の試験片について、指定した衝撃試験条件で比較した場合、新構造の最大変形量は従来構造より小さくなる。」
この仮説であれば、比較する対象、実験条件、測定する結果を明確にできます。
さらに、試験片の数、材料のばらつき、測定誤差、評価する差の大きさなどを事前に検討すれば、より信頼性の高い実験を設計できます。
仮説に反する結果が得られた場合には、その理由を調べ、構造の設計や仮説を再検討します。
ただし、一度の実験で差が見つからなかったことが、直ちに「新構造には改善効果がない」という結論を意味するわけではありません。実験の精度、試験条件、測定値のばらつきなども考慮する必要があります。
重要なのは、最初の仮説を守ることではなく、結果によって考えを修正できるようにしておくことです。
仮説を支持する証拠と、仮説を証明することの違い
ある仮説に一致する実験結果が得られた場合、通常、その結果は仮説を支持する証拠として扱われます。
しかし、仮説から導かれた予測が当たったからといって、その仮説が唯一の正しい説明であるとは限りません。
例えば、「材料の微細構造が変化したために強度が高くなった」という仮説を考えます。
実際に強度が向上したとしても、その結果が別の要因によって生じた可能性があります。材料の不純物、製造条件、測定方法などが関係しているかもしれません。
同じ観察結果を説明できる仮説が複数存在することは珍しくありません。
そのため、科学的な仮説を評価するときには、その仮説に一致する事例を集めるだけでなく、競合する説明を区別できる観察や実験を考えることが重要です。
ポパーは、厳しい検討に耐えた理論について「確証された真理」というより、「これまでの試験に耐えた」という意味での裏づけ(Corroboration)を重視しました。
これは、どれだけ多くの実験結果が一致しても、理論を絶対的な真理として固定しないという考え方です。
一方、現代の統計学や科学哲学では、証拠による仮説の支持の程度や確率的な信念の更新について、ポパーとは異なる方法も発展しています。反証可能性は科学的方法を理解する重要な視点ですが、科学的推論のすべてを説明するものではありません。
反証できるはずの理論が、簡単には反証されない理由
反証可能性の考え方は明快ですが、現実の研究では、仮説と矛盾する結果が一つ得られたからといって、その仮説を直ちに捨てるとは限りません。
例えば、ある物理理論から予測された値と実際の測定値が一致しなかったとします。
この場合、問題があるのは理論そのものかもしれません。しかし、測定器の不具合、実験条件の設定、計算方法、見落とした外部要因などが原因である可能性もあります。
実際の実験や観測では、中心となる理論だけでなく、多くの補助的な仮定が使われています。
したがって、予測と観測が一致しなかったとき、どの仮定が間違っているのかを、その結果だけで一意に決められるとは限りません。
これは、ピエール・デュエム(Pierre Duhem)やW・V・O・クワイン(W. V. O. Quine)の議論に関連する問題であり、一般にデュエム=クワイン・テーゼとして知られています。ただし、デュエムとクワインの立場は完全に同じではありません。
歴史的な例として、天王星の軌道がニュートン力学による予測と十分に一致しなかった問題があります。
この不一致は、ニュートン力学の誤りによる可能性もありましたが、未知の惑星の重力による可能性も考えられました。後者の考え方から海王星の位置が予測され、1846年の発見につながりました。
ここでは、予測と観測の不一致が、単に既存理論の否定へつながったのではなく、新しい対象の発見につながっています。
もちろん、理論を守るために都合のよい説明を次々に付け加えれば、どのような結果でも説明できる主張になってしまう危険があります。
重要なのは、仮説や補助的な説明を修正したときに、その修正によって新しく検討できる予測が生まれるか、未知だった現象を説明できるようになるかということです。
クーンとラカトシュ ― 科学は反証によって進歩するだけなのか
ポパー以降、科学の歴史や実際の研究活動を調べることによって、反証可能性だけでは説明しきれない問題が議論されるようになりました。
トーマス・クーン(Thomas S. Kuhn)は、1962年の『科学革命の構造(The Structure of Scientific Revolutions)』で、科学者の研究活動が、共有された理論、問題の立て方、測定方法、典型的な研究事例などによって方向づけられていることを論じました。
クーンは、こうした枠組みに基づいて行われる研究を「通常科学(Normal Science)」と呼びました。
通常科学では、研究者は基本的な枠組みを毎回疑うのではなく、それを利用して個別の問題を解こうとします。この活動によって精密な測定や理論の発展が進む一方、既存の枠組みでは説明しにくい現象が発見されることもあります。
こうした異常事例が重要性を増し、既存の枠組みでは十分に解決できなくなると、新しい枠組みへの転換が起きる場合があります。
この考え方は、科学が新しい事実を積み重ねるだけではなく、何を問題と考え、どのように世界を記述するかという枠組み自体を変更することがあると示しています。
一方、イムレ・ラカトシュ(Imre Lakatos)は、単一の仮説ではなく、一連の理論や方法を含む「研究プログラム(Research Programme)」を評価する考え方を提案しました。
研究プログラムが新しい予測や発見を生み出しているのか、それとも既存の問題を説明するための修正を繰り返しているだけなのかを区別しようとしたのです。
これらの議論は、ポパーの反証可能性が無意味であることを示すものではありません。
むしろ、科学的理論を評価するには、一つの観測結果だけでなく、研究の経緯、競合理論、測定方法、理論の修正によって得られた新しい知識なども考慮する必要があることを示しています。
科学的方法は実験だけではない
科学的方法は実験を中心に説明されることが多いものの、科学には多様な研究方法があります。
例えば、天文学では観測対象を自由に操作できない場合が多く、観測された光や運動などから天体の性質を推定します。地質学や進化生物学では、地層、化石、遺伝情報など、過去の出来事の痕跡から歴史的な過程を再構成します。
また、理論物理学や数理科学では、数学的なモデルから新しい関係を導き、その結果を観測や実験と照合する活動が重要です。
コンピュータシミュレーションによって、現実の実験が困難な条件を調べることもできます。ただし、シミュレーションの結果はモデルと計算条件に依存するため、現実への適合性を別途検討する必要があります。
科学的方法を一つの形式に限定するよりも、次のような問いを立てる方が実際的でしょう。
- どのような現象を説明しようとしているのか。
- その説明を支持する証拠は何か。
- 他にどのような説明が考えられるか。
- どのような観察や分析によって説明を比較できるか。
- 結論はどの範囲の条件で成立するのか。
研究分野によって必要な証拠や分析方法は異なりますが、主張を他者が検討できる形にすることは、幅広い科学活動に共通する重要な特徴です。
反証可能性と統計的仮説検定は同じものか
統計学には、帰無仮説を設定し、観察データを使って検定する方法があります。
例えば「二つの製造方法の平均強度に差がない」という帰無仮説について、測定データからp値を計算することができます。
しかし、ポパーの反証可能性と、統計的仮説検定は同じものではありません。
反証可能性は、理論が経験的な証拠によって誤りであると判断されうるかという、理論の検討可能性に関する考え方です。
一方、統計的仮説検定は、データに含まれるばらつきや確率的な変動を考慮して仮説を評価するための方法です。
例えば、統計的に有意な差が得られなかったとしても、それだけで「二つの方法には差がない」という仮説が証明されたわけではありません。
実験の精度が低い、測定数が少ない、効果が小さいなどの理由で、差を検出できなかった可能性があります。
また、確率的な予測を行う理論では、単一の観測結果が予測から外れたことだけで理論を否定できるとは限りません。その理論が想定する確率分布や、予測の適合度を適切な方法で検討する必要があります。
科学的な仮説を評価する際には、論理的な反証可能性と、実際の測定に伴う統計的不確実性を区別することが重要です。
探索的研究と検証的研究
科学的な研究には、新しい現象や関係を発見することを重視する探索的研究と、あらかじめ設定された仮説を厳密に評価する検証的研究があります。
例えば、多数の材料データを分析して、予想外の特性を持つ材料群を発見したとします。
この段階では、どのような関係があるのかを探索しています。分析によって新しい仮説が生まれることには十分な価値があります。
しかし、探索したデータの中で見つかった関係を、同じデータだけを使って「予測どおりに確認された」と主張すると、結果の信頼性を過大評価する危険があります。
多数の関係を探索すれば、偶然によって特徴的に見える関係が見つかることもあるからです。
そのため、探索によって発見した仮説については、別のデータや追加実験によって検討することが望まれます。
検証的研究では、実験や分析の前に仮説、測定方法、評価指標、解析方法などを決めておくことが有効です。
研究計画を事前に記録・公開する事前登録(Preregistration)は、当初から計画していた分析と、結果を見てから追加した探索的な分析を区別するための方法の一つです。
ただし、事前登録した計画から一切変更してはならないという意味ではありません。予想外の結果を受けて新しい分析を行うことには価値があります。重要なのは、その分析が探索的なものか、事前に計画された検証的なものかを区別して報告することです。
探索的な研究を不確かなものとして軽視するのでも、探索結果をそのまま証明された結論として扱うのでもなく、発見と検証の役割を理解して利用することが重要です。
再現性・追試と科学的知識の信頼性
科学的な主張は、他の研究者が検討できることが重要です。
そのためには、研究方法、測定条件、使用したデータ、分析手順などを適切に記録する必要があります。
現代の研究方法論では、再現性(Reproducibility)と追試可能性・再現的な検証(Replicability)を区別する場合があります。
例えば、米国科学・工学・医学アカデミーの2019年の報告書では、同じデータと計算手順を用いて一貫した結果を得られることをReproducibility、独立に得られた新しいデータによる研究で整合的な結果が得られることをReplicabilityと定義しています。ただし、これらの用語の使い方は研究分野によって異なります。
同じデータを使って計算結果を再現できることは、分析手順の確認には役立ちますが、その研究で得られた結論が正しいことまで保証しません。
また、独立した研究によって異なる結果が得られたとしても、直ちに最初の研究が誤っていたと決められるわけではありません。調査対象、測定条件、偶然による変動などの違いを検討する必要があります。
科学的知識の信頼性は、単一の成功した実験だけでなく、複数の方法や独立した証拠によって繰り返し検討されることで高まります。
反証可能性の限界 ― 科学と非科学は明確に分けられるのか
ポパーの反証可能性は、科学哲学に大きな影響を与えました。しかし、それだけで科学と非科学を完全に区別できるかについては、現在でも議論があります。
第一に、すでに見たように、実際の研究では複数の仮定が組み合わされているため、予測と異なる結果が得られたときに、どの仮定を修正するべきかを簡単には決められません。
第二に、研究には、現象の記述、分類、測定方法の開発、探索的なデータ収集など、明確な反証仮説の検定だけでは説明しにくい活動も含まれています。
第三に、科学的な仮説であることと、その仮説が十分な証拠によって支持されていることは異なります。反証可能な主張であっても、証拠が乏しかったり、質の低い研究に基づいていたりすれば、信頼性の高い知識とは言えません。
また、反証可能性を持たない主張が、必ずしも無意味であるというわけでもありません。倫理的な価値判断や哲学的な問いには、経験的な実験によって直接判断できないものもあります。
反証可能性は、科学のあらゆる活動を機械的に分類するための完全な基準というより、自分の考えを事実によって批判・修正できるようにしているかを問う重要な原則として理解すると、実際の研究や問題解決に役立ちます。
研究開発における仮説の形成と検証
企業の研究開発では、科学的な仮説、技術的な実現可能性に関する仮説、事業上の仮説などが扱われます。
これらは互いに関係していますが、検証するべき内容は異なります。
| 仮説の種類 | 例 | 主な検討方法 |
|---|---|---|
| 科学的な仮説 | 特定の微細構造によって材料の強度が向上する | 測定、実験、理論モデルとの比較 |
| 技術的な仮説 | 新しい加工方式を量産設備に適用できる | 試作、工程試験、耐久性・品質の評価 |
| 顧客に関する仮説 | 特定の顧客群が新機能を必要としている | インタビュー、行動観察、利用実験 |
| 事業上の仮説 | 新製品を一定の価格と費用で継続的に提供できる | 市場調査、販売試験、費用・収益の検討 |
例えば、「異分野の技術を利用すれば新しい製品を開発できる」という考えは、研究開発の出発点として有用です。
しかし、これだけでは検討するべき内容が明確ではありません。
具体的な技術候補を見つけ、その技術がどのような機能を持ち、対象となる製品にどのように利用できるかを整理する必要があります。
さらに、実際の材料や装置を使って必要な性能が得られるか、従来技術と比べてどの程度の利点があるかを調べます。
ここでは、アイデアや仮説を作る活動と、仮説を評価する活動を区別することが重要です。
新しい技術を発見するための探索は、最初から明確な仮説によって範囲を限定しない方が有効な場合があります。しかし、具体的な開発候補を選択した後には、何を達成する必要があり、どのような結果なら採用を見送るかを明確にする必要があります。
このように、自由な探索と厳密な検証は対立するものではありません。それぞれの段階で異なる役割を持っています。
AI時代の科学的方法
LLMの登場によって、科学的な探究の一部をAIで支援する可能性が広がっています。
例えば、研究文献から既存の知識や未解決の問題を整理し、異なる技術分野の関連性を探索し、新しい仮説の候補を生成できます。
また、仮説から検討すべき予測を導いたり、実験計画の候補を考えたり、分析結果に対する代替説明を列挙したりすることもできます。
しかし、LLMがもっともらしい説明を生成したことは、その仮説が正しいことを意味しません。
例えば、異なる技術分野の現象について共通する原理があるとAIが提案した場合、その対応関係が実際に成立するかを調べる必要があります。名称や文章表現が似ているだけで、動作原理や制約条件が異なることもあります。
また、AIは利用者が提示した仮説に沿って、その仮説を支持する説明を生成しやすい場合があります。仮説を厳しく検討するには、支持する情報だけでなく、競合する説明、反例、成立条件、失敗する条件なども探索する必要があります。
この点で、反証可能性の考え方はAIを利用する際にも有用です。
例えば、「この仮説を支持する事例を探してください」という問いに加えて、「どのような事例が見つかれば、この仮説を修正しなければならないか」「同じ現象を説明できる別の仮説は何か」と質問することが考えられます。
ただし、反例らしい事例をLLMが生成しただけでは、実際の反証にはなりません。出典の確認、測定データ、実験結果などによって、根拠を検討する必要があります。
AIは仮説の生成や批判的な検討を支援できますが、仮説を科学的な知識として評価するためには、現実の証拠との対応が不可欠です。
ThinkNaviでの位置づけ
ThinkNaviでは、科学的方法を、特定の手順を実行するための独立したツールというより、さまざまな思考技法や分析手法を利用する際の基本的な考え方として位置づけます。
例えば、KJ法では観察された情報から新しい問題の構造を考え、アブダクションでは現象についての説明仮説を形成できます。5 Whysや特性要因図では原因候補を整理し、実験計画法では条件を計画的に変更して仮説を検討できます。統計解析では、観測された関係や効果の大きさ、不確実性などを分析できます。
これらは必ずしも一方向に進むものではありません。検証の結果、新しい問題が発見され、仮説を作り直したり、調査範囲を変更したりする場合もあります。
ThinkNaviの思考支援では、次のような区別を明確にすることが重要です。
- 観察された事実と、それについての解釈
- 仮説を支持する証拠と、仮説に反する証拠
- 確認された関係と、まだ検討されていない因果関係
- 探索によって得られた仮説と、独立した検証を受けた仮説
- 研究上の知識と、実用化・事業化についての判断
LLMを活用する場合には、仮説の候補、根拠となる文献やデータ、競合する説明、検証方法、検証結果などを対応づけて管理する仕組みが考えられます。これらは今後の機能開発の方向性であり、現在提供されているすべての機能を示すものではありません。
ポパーの反証可能性は、科学のあらゆる活動を説明できる唯一の原理ではありません。しかし、何かを強く信じるようになったときこそ、その考えが誤っている可能性について検討するという姿勢には、普遍的な意義があります。
科学的方法の価値は、決められた手順によって正しい答えに到達することではありません。新しい問いと仮説を自由に生み出し、それらを証拠によって批判的に検討し、必要に応じて自分の考えを修正し続けることにあります。
関連ページ
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参考文献・関連資料
Center for Open Science — Preregistration
Karl R. Popper, The Logic of Scientific Discovery, Hutchinson, 1959(ドイツ語原著 Logik der Forschung, 1934)。
Karl R. Popper, Conjectures and Refutations: The Growth of Scientific Knowledge, Routledge & Kegan Paul, 1963.
Thomas S. Kuhn, The Structure of Scientific Revolutions, University of Chicago Press, 1962.
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Pierre Duhem, The Aim and Structure of Physical Theory, Princeton University Press, 1954(フランス語原著1906年)。
Stanford Encyclopedia of Philosophy — Scientific Method
Stanford Encyclopedia of Philosophy — Karl Popper
Stanford Encyclopedia of Philosophy — Science and Pseudo-Science
Stanford Encyclopedia of Philosophy — Thomas Kuhn
Stanford Encyclopedia of Philosophy — Imre Lakatos
Stanford Encyclopedia of Philosophy — Pierre Duhem
National Academies — Reproducibility and Replicability in Science, 2019.